落ちてきた将軍
左の竹林から、見事な角を持つ鹿が現れた。鹿は白い息を吐きながら、陽炎に向かい、歩み寄って来た。
忠邦は、掌で己の顔を、つるんと撫でた。夢でも見ているのでは無いのか・・・またしても、蘭の幻術にかかってしまったかと思ったのだ。忠邦は脇差を抜いて、その刃を親指の腹に当てた。赤い筋が走り、痛みを感じた。
「まさしく・・・現(うつつ)・・・幻ではない・・・これは現じゃ。蘭・・・何とも凄い術を使う」
しかし、忠邦が驚愕したのは、その後に発せられた蘭の言葉だった。
「ハァーーッ!・・・・い出よっ!・・・龍!」
「な・・・なんとっ!・・・龍を呼ぶと言うのか・・・」
忠邦は、全身が粟立った。刀の柄を握り絞め、足を踏ん張り、肩で息をした。無性に喉が渇き、生唾を飲み込んだ。
風が起き、竹の枝葉が擦れ、ガサガサとざわめきだす。そのざわめきは、次第に音を重ね、膨らんでいった。地面に積もった雪が舞い上がり、視界が遮られていく。蘭の姿が霞み出した。
「・・・・来る・・・・来るのか!・・・龍が姿を現すのか!」
その時、竹林の上に、黒い影が舞い降りた。
蘭は、印を結んだまま立ち上がった。蘭を中心に、雪が、白い螺旋を描いて昇ってゆく。それは、次第に大きな渦となり、庵の戸板が飛んだ。
「蘭!・・・一体、何をする気だ!・・・瑞剣も持たずに・・・一体何をっ!・・・蘭!」