落ちてきた将軍
寂林庵、明け六ツ(午前六時)。昨日の宵から振り出した雪は、下草を覆い、白い世界が広がっていた。真っ直ぐに伸びた竹の蒼さが美しい。時折、枝葉に積もった雪が、その弾力に撥ねられて、パラパラと塊で落ちてくる。
忠邦は、早朝、竹林の異変に気づき、縁側から、深深と舞い落ちる雪の向こうを眺めていた。視線の先には、くノ一、蘭。静寂の中、蘭は白装束で、竹林の中に印を結んで座っていた。
蘭は、呪文を唱えている。そして、守護神、摩利支天の許、五つの印を結んでいく。
摩利支天は陽炎が神となったものである。陽炎を切る事はできないため、多くの武将が、摩利支天を守護神として崇めていた。
浄三行、蓮華印・・・・そして、誰もが結ばない・・・六つ目の印を結んだ。
召喚印。異変が起きた。
摩利支天が降りたのだろう。印を結ぶ蘭の姿が、陽炎のように揺らめいた。
その揺らめきの中から、澄み切った声が発せられた。
「猪!」
竹林の右側。暗闇から草を踏む音がする。それは、次第に近づいてきた。
巨大な猪が姿を現した。その巨大さに、忠邦は縁側で足を広げて身構えた。
「おおおっ・・・何とも巨大な猪じゃ・・・」
陽炎は更に揺らめき、再び、竹に跳ね返るように、澄んだ声がした。
「鹿!」