落ちてきた将軍
美しい姿をしている。透き通るような頬の白さは、一流の忍者になる為の苦行を乗り越えたとは思えない。蝶よ、花よと育てられた、初心な姫君のようであった。忠邦は、日中、本丸で対面した時以上の美しさを感じた。が、昼間の蘭と少しだけ違う。微かに匂う・・・のである。微かな芳香が、蘭を包むように漂っているようだった。その匂いを嗅いでいると、鼻の奥あたりが、甘く痺れていくような気がした。
「蘭・・・歳は幾つだ」
「二十五でございます」
「未通女(おぼこ)か?」
「はい」
「ワシが今夜、伽をせよと言えばどうする?」
「それは忍者の仕事ではありません」
「どうするかと聞いておる」
「忠邦様のお好きなように」
「蘭・・・」
「はい」
「この仕事を最後に、忍者を辞めてはどうじゃ」
「私は、他に、何もできませぬ故・・・」
忠邦は、何でも出きる蘭のそういう言葉が可笑しかった。
「蘭・・・」
「はい」
「恋・・・と言う言葉を知っておるか?」
「言葉は、知っております」
「では、恋した事はないのか?」
「・・・・・・・・」
「詮の無い事を聞いたな・・・今日は良くやった。お前が瑞剣というこの錆びた太刀は、研匠に研がせてみよう。金箔を貼った鞘も、急いで作らせようぞ。これは、今日の褒美じゃ。取っておけ」