落ちてきた将軍
蘭は、二振りの太刀を、忠邦の前に差し出した。一振りは朱鞘。もう一振りは黒である。
忠邦は、最初に、朱鞘に収められた刀を静かに抜いた。鞘を払い、刀身を立ててみる。刃の地肌が行灯(あんどん)の灯りに照らされ、見事な蒼い光を放った。
「こ・・・これは」
「はい・・・妖刀、村正(むらまさ)でしょう・・・かなりの血を吸っています」
「村正は徳川家にとって、不吉な刀・・・箪笥の中で静かに眠っておったか・・・」
「そのようです・・・それよりも・・・・」
「うむ・・・何じゃ?」
「もう片方の、太刀をご覧下さい」
「うむ、言われずとも・・・・」
忠邦は、蘭に急かされるように、もう一本を鞘から抜いた。抜いた太刀は、刀身が薄く錆びている。
「錆びておるが・・・この匂いたつような物はなんじゃ・・・」
「流石、忠邦様・・・お目が高い。恐らく古備前・・・無銘ですが、天下無双の太刀かと思います」
「天下無双・・・」
「いえ・・・それ以上・・・瑞剣でありましょう」
瑞剣とは、一〇〇万本に一本も無い剣である。瑞剣を持つ者は、天下を取るとまで言われる程の、幻の剣だ。