落ちてきた将軍
蘭は、首を縦に振ると、カニが歩くように右手へ動いた。忠邦の視界から消える。忠邦がその姿を追おうとした時には、既に蘭の姿は無かった。忠邦は、先程まで蘭が座っていた辺りに体を乗り出し、鼻腔を開いた。匂わない・・・・女の匂いがしないのだ。あれだけの見目麗しい女体である。女の残り香があってもよさそうなものだ。
「蘭のやつ・・・やはり只の忍者ではないな・・・匂いまで消し去っていったわ」
忠邦は腕を組み、再び空を見つめた。
「さて・・・どうしたものか・・・。」
江戸城に、夜の帳が折り始めていた。