落ちてきた将軍
くノ一・・・この三文字を重ねると「女」という字になる。
「うむ、腕が立つ。何かと役に立つであろう・・・伊賀者じゃ」
「はははーーーっ!」
「うむ・・・急げよ・・・皆の口は封じておる。が、噂は風に乗って飛んで行くぞ。風には適わぬ・・・水野・・・良いな」
「はははーーーっ!」
「下がれ」
「はははーーーっ!」
忠邦は膝を立てると、腰を折ったまま、後ろへ、すり足で走った。畳の継ぎ目を、足の裏で数える。忠邦の足が止まった。忠邦は、四度、平伏すと、廊下へ出て更に平伏した。襖係が襖を閉めて、顔を上げた。
忠邦の額には脂汗が滲み、腋が濡れていた。全身が粟立ち、喉がカラカラに渇いている。忠邦は、空を見つめて、大きく溜息をついた。そして、生唾を飲み込んだ。唾を飲み込んで、背後に気配を感じた。忠邦は空を見つめたまま、背後の影に声をかけた。
「蘭・・・か?」
「蘭・・・でございます」
「上意である・・・この忠邦が、そちの命を預かるぞ」
「心得ております・・・何なりとお申し付けくださいませ」
「横へ来て姿を見せるが良い」
「はっ・・・ただ今・・・」
忠邦の左脇に、白い影が、音も無く降りた。忠邦は、その姿に驚嘆の声を上げた。
「おおっ!・・・・な、なんと!」
伊賀忍者・くノ一、蘭。忠邦は、その余りの美しさに目を奪われた。
蘭は将軍・家斉、直属の忍者である。腕が確かである事は、確かめる必要も無い。それにも増して、目の前に楚々として正座する、白装束のくノ一は、その名の通り、深い森の中で、静かに佇む「白い蘭」のような美しさであった。ただし、一流の伊賀忍者である。一重で、切れ長の目の奥には、氷柱の芯のような冷たさを湛えている。例えれば、花芯に猛毒を持った蘭と言うことになるだろう。