落ちてきた将軍
「先輩・・・説明してください・・・一体、どういう事なのですか」
助手席に乗る紀子が、シートベルトを引き出しながら聞いてきた。鼻息が荒い。興奮覚めやらぬ、と言った状態だ。
紀子は興奮すると頬が桜色に染まる。今はその桜の花が満開になっていた。
美穂はと言えば、後部座席で、小さい体をさらに縮めていた。今にも泣き出しそうな顔で、右の人差し指を咥え、その瞳は空を見つめたまま、じっとしている。ただ、興奮の状態は紀子と同じようで、華奢で小さな肩が小刻みに上下していた。
さて家慶。後部座席に悠然と座り、笹の小枝で、己の首筋をトントンと叩いている。
窓に額を貼り付けるようにしながら、まるで子供のような好奇の眼差しで、後方へ飛んで行く景色を眺めていた。時折、小さな声で・・・おおっ・・・とか、・・・あれは?・・・などと、無邪気に呟いていた。
三人の興奮と不安は、この家慶だけには通じていない風だ。綾乃はその事に腹を立てた。腹を立てたが、笹の枝一本で、暴走族を倒した、あの見事なまでの戦い振りは尋常では無い。魔法を見ているようだった。胸のすく思いだった。その爽快さと、快感が、綾乃の腹立たしさに蓋をした。
家慶は戦う前に「北辰一刀流、免許皆伝の腕を見せてやる!」・・・そう言った。家慶の言葉が、綾乃の脳裏で、呪文の様に木霊する。
北辰一刀流と言えば、動乱の幕末に活躍した、坂本龍馬と同じ流派である事は、亡くなった恋人、清水純一から何度も聞き及んで、知っている。その、剣術の流派で繋がっている事に、巡り合せの不思議さを憶えた。いや、単に、綾乃がこじつけただけなのだが、そうする事で、家慶への想いを、更に足したのだろう。