落ちてきた将軍
そう言い放つよりも早く、家慶の体が舞った。
綾乃と美穂。そして、紀子の三人が、その美しい舞いに見とれる程に、家慶の体がしなやかに動いた。動いては止まり、そして、また動く。それは、あたかも詠うが如く・・・であった。
動きが止まった時に、ヒュンと小さな音が鳴り、丁と男の脳天を叩くと、その場に落ちていく。二〇人を超える男達が、次々と気を失い、鼾をかいていた。最後の一人。
「さぁ・・・お主が頭だな・・・頭には甘い顔をせぬぞ・・・覚悟せい!」
「馬鹿め・・・調子に乗るんじゃないよ・・・ほれ、チャカでぶっ殺してやる」
躯体の一際大きな男は、懐から拳銃を取り出した。
刹那、家慶は鞠のように転がり、男の足元に入ると、ヒュンと音を鳴らした。男の親指が、拳銃と一緒に飛んだ。
「ぐあっ!・・・うああっ・・・いてぇ!!」
「戦いに飛び道具を使うとは卑怯!下衆は下衆でしかないわ!」
見事なまでの戦い振りに、綾乃達は、ただ呆然と立ち竦むだけだった。怖いもの見たさで、遠巻きに見物していた者も、同じように唖然として立ち竦んでいる。サイレンの音が近づいて、皆はようやく我に帰った。
「いけない!警察が来るわ!誰かが通報したのね・・・皆、早く車に乗って!・・・お殿様も早く!」
「どうした?何を慌てておる」
「警察が来るの!」
「町奉行か?」
「そう!町奉行が大勢やってくるわ!一先ず、ここは退散!お殿様、早く!」
「印籠が通じないとは・・・我が徳川家の衰退が悲しい」
「もう!感傷に浸るのは後にして!・・・お殿様、早く乗って!」
「やれやれ・・・」
四人を乗せたステーションワゴンは、タイヤの音を軋ませて、街角に消えていった。