落ちてきた将軍
その時だった・・・小さな風が起きて、男の頬に赤い筋が入った。男は咄嗟、何が起きたのか分からないようで、頬を押さえた。掌を鮮血が染めた。
「うっ・・・何だ?」
「男たるものが女に乱暴するとは・・・畜生にも劣る振る舞い!」
「あっ!・・・お殿様!・・・どうして?」
「駕籠屋を呼んだのさ。ほら、このカラクリ道具を忘れて行ったであろう・・・駕籠屋を待たせておる。駄賃を払ってやってくれ」
「て・・・てめぇ・・・何だぁ!?そのナリは!」
「見て分からぬか?武士じゃ・・・侍じゃ」
「バカか、こいつ・・・ちょん髷なんかつけやがって、ぶっ殺してやる!」
「穏やかではないな・・・殺しは死罪と決まっているぞ・・・それでも良いのか?」
「何が死罪だ!ぶっ殺す!」
男は尻のポケットからハンティングナイフを取り出すと、腰を折って身構えた。家慶の手には50センチ程の笹の枝が握られている。
ジリジリと詰め寄る男に対して、家慶は悠然と構えていた。男がナイフを持った腕を突き出した。笹の枝がヒュンと鳴って男の手首に赤い筋を作った。男はナイフを落とし、もう片方の手で手首を押さえた。再び笹の枝がヒュンと小さく鳴り、男の脳天を丁と打った。男は白目を剥いて、その場に崩れ落ちた。
異変に気づいた暴走族が走り寄ってくる。後ろ手に押さえつけられていた紀子が解放された。
男たちが、わっと家慶を取り囲む。その数、二〇を超える。
「何だ!・・・てめぇ・・・チンドン屋か?」
「商人ではない・・・武士じゃ・・・侍・・・我が世にも、おぬし達のような下衆はいるが・・・この世にも蔓延っているようじゃな・・・嘆かわしい」
「訳の分からないオヤジだぜ・・・生きて帰れると思うなよ」
「はて・・・どういう意味であるか?・・・生きて帰れないのは、おぬしらの方じゃ・・・北辰一刀流、免許皆伝の腕をとくと見るが良い!」