落ちてきた将軍
第2章 二〇一〇年
二〇一〇年。正月三日。初詣で賑わう、福岡の愛宕神社。
疋田綾乃はパンツルックにジャンバーをはおり、初詣に来ていた。
綾乃は昨年、福岡市の南区、大橋というところに念願の花屋をオープンした。齢、三〇。
結婚の経験はあるが、一年で離婚。子供も無い。
綾乃は、この三年間、がむしゃらに働いた。
大きな理由は二つある。先ずは、結婚と離婚の呪縛から逃れるため。二六歳で結婚したものの、夫婦生活は一年で破局を迎えた。
そして、もう一つは、心から愛した男の死という悲しみから立ち直るためだ。
勿論、花屋・・・フラワーショップを軌道に乗せるためであるが、動機、いや、そのエネルギーになったのが男である事は否めない。
余談ではあるが、死んだ恋人は、坂本龍馬を崇拝していた。その龍馬の誕生日が、この正月三日である。
綾乃はその事も耳にタコが出来るほどに聞かされていた。三日の初詣は、そんな亡き恋人への想いからでもあった。
以下は、綾乃の私経歴書である。
疋田綾乃。三〇歳。小柄で、髪はいつもショートヘアー。顔立ちは可もなく不可もない・・・と言えばよいのだろうか。女性美という観点からは不可。しかし、美しいという観点だけに絞れば、超可と言えるかもしれない。つまり、美少年のような顔立ちであった。
二二歳で、某有名フラワーショップに就職。才能は瞬く間に開花し、二四歳で店長に昇進。福岡に数店舗ある、フラワーショップの花形となる。そして、一回り近く年の差のある男と大恋愛に落ちた。男の名前は清水純一。三五歳。職業は広告プランナー。共通の友人を介しての出会いだった。