落ちてきた将軍
綾乃は忙しい。
綾乃の店、フラワーショップ・綾。ありふれた店名だが、綾乃は横文字を使うよりも、漢字の方が自分らしいと思い、名前の一字を冠した。
スタッフは綾乃の他に、二五歳の田口紀子と、今月、成人式を迎える坂口美穂の二人だ。
紀子は、オープン当初からのスタッフで、前職場から綾乃を慕い、無給でも良いから働かせて欲しいと頼まれて雇った経緯がある。もちろん、無給などあるはずもなく、そこそこの給料は払っている。
業界ではカリスマ的存在になりつつあった綾乃の信者でもあった。背が高く、美人でもあるのに性格が男勝りで明るい。そのせいか、頗る評判もよく、顧客を多く持っていた。いずれは起業・独立するだろうと、綾乃は踏んでいた。
当初は綾乃と紀子の二人で始めた店だが、その仕事ぶりが評価され、二人では店が回らなくなったために、昨年の夏、知人の伝で美穂をスカウトした。
美穂は、紀子とは対照的に小柄で華奢な子で、黙々と仕事をするタイプだった。長い巻き毛とフェミニンな服装で、花屋とは余り縁のなさそうな高校生に人気があった。
福岡の場合、花の仕入れ経路はいくつかある。以前、勤めていた時は、セリにも参加していたが、今はインターネットで市場の確認ができる。注文を入れておけば、伝票にサインして受け取るだけで良い。
綾乃は、市内、東区にある福岡花市場から切花を仕入れていた。九州日観という、東京ドームの一.五倍もある巨大市場があるが、審査もあり、保証金の他に預託金も必要なため、今の綾乃には九州日観への出入りは出来ない。
四日は、年始の挨拶も兼ね、三人揃って市場に行くことになっていた。
魚市場と違い、花市場の朝は他の企業と同じだ。午前八時に、市場のゲートが開く。家慶の事が気になるが、店を開けねばならない。