落ちてきた将軍
第3章 俄夫婦(にわかめおと)
綾乃の棲家は愛宕山を下りおりた所にあった。
以前は祖父母が住んでいたが、既に他界し、空き家になっていたのを、綾乃が借りている。
実家は同じ区内にあり、歩いても然程かからないのだが、放っておくと家が荒れるという理由で、出戻ったのを幸いに、綾乃が使っている。勿論、賃借料は無い。
駐車場もあり、ぐるりと塀で囲まれていて、プライバシーも確保されていた。塀の内側には様々な草花が植えられ、初冬の花々が咲き誇っている。玄関へと続く薔薇の門を潜ると、ハーブの香りに包まれる。心に深い傷を負った綾乃が、唯一、没頭できる世界がそこにあった。
古い日本家屋ではあるが、平屋の二LDK。一人暮らしには申し分のない広さだった。
元来、派手な事を好まない綾乃の部屋は慎ましく整理されていて、そこかしこに花が生けられていた。
我流ではあるが、若くしてフラワーショップの店長になったセンスは、その辺の先生と呼ばれる華道家よりも花を生けるのが上手い。
花器は備前焼。デザインに統一感があるところから、同一作家の作品だろう。
「ほう・・・この花は綾乃殿が生けたのか?器も良い。備前じゃな」
「そうよ・・・そうでごじゃりまする」
「もう良い・・・普通に話してかまわぬ」
「許す?」
「ああ・・・許そう・・・時代が違うのだ。仕方があるまい。だが、悲しい時代じゃな・・・男のような言葉を使うとは・・・」
「なんだか、小うるさい爺みたい」
「・・・・・・・・・・・」