落ちてきた将軍
龍の動きが空中で止まった。そして、龍は、綾乃がしがみついている楠の大木を凝視した。
「ひっ!・・・うそっ!・・・こっちを見てる・・・夢よ・・・絶対に夢だわ・・・こんなの、ありえないって!」
綾乃は、そう自分に言い聞かせながらも、楠の大木の樹皮を伝うようにして、龍の視線から逃れようとした。恐怖で足が覚束ない。
夢だ・・・絶対に、悪い夢を見ているんだ・・・そう、思った。だが、今、迫り来る恐怖からは逃げたい。
夢だと自分に言い聞かせながらも、風の感触、千切れ飛んで行く草の匂い、頬を打つ雫。全てが余りにも生々しすぎる。
綾乃は錯乱状態に陥っていた。恐怖で、それ以上は小さくなれない程に身を縮めて嵐の去るのを待った。もっと小さく・・・もっと・・・綾乃は呟いた。
「神様・・・・助けて」
綾乃は、先程、拝殿で手を合わせなかった事を後悔しながら叫んだ。
「助けてっ!」
その時、鼓膜を破らんばかりの雷(いかずち)が、楠の大木に落ちた。
綾乃の全身の筋肉が収縮した。そして、背後に太い枝が落ちる音を聞いた。
「ドサッ・・・」
綾乃は、身を縮めたまま目を閉じていた。振り返る余裕など無かった。
「うう・・・うううっ」
背後に落ちた楠の枝が呻いた。