小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

月の依る辺に

INDEX|8ページ/9ページ|

次のページ前のページ
 

◇◇◇◇




翌日、俺は言われた通りに、継さんの勤める病院に向かっていた。
あとで気づいたことだが、昨日は木曜日。
つまり今日は勿論土曜でも日曜でもなく金曜日である。
ようは平日。学校は当然だがある。
あるがそんなことを今更あの人に言っても、サボれ、と一蹴されるのがオチだ。
なので、こんな平日真昼間に、健全な高校生が制服着て病院に行く羽目になっている。
しかし、なんで昼間なんだ?
昼の12時って休憩時間の開始時刻だし、診察する気ないのか、あの人。
そんなことを考えながら、俺は継さんの診察室に向かった。


「ふむ、時間どおりだな。相変わらず律儀なもんだ。」
呼んどいてその挨拶はどうなんだろうか。
「一応は約束ですから。なるべく時間は守りますよ。」
そうか、と嬉しそうに微笑む。
余談だが、以前診察の時間に遅れたことがある。勿論わざとではなく、たまたま学校で呼び出しをくらい、30分くらい先生の無駄話に付き合わされたんだが。
そうして、30分以上遅れて診察に来てみると、怒りが頂点通り越して満面の笑顔が張り付いてしまった継さんと対面したわけだ。
そのあと、恐らく一般人が一年かけても言われないであろう量の罵詈雑言を、20分間にわたって言われ続けた。診察をしながら。
以来俺は、口ではあぁは言ってるが、絶対に遅刻しないようにしている。
次遅刻しようものなら、どんな心の傷をつけられるかわかったもんじゃない。
そんな俺の心の傷は全く感知しない、この精神科医を少し観察する。
…そこまで機嫌が悪いわけではなさそうだ。
「まぁ、立ち話もあれだからな。食堂にでも行こうか。
 昼食はまだなんだろう?」
俺が首肯すると、目で俺を外へと促してから、自分はさっさと先に行ってしまった。

「そういや、なんで昼間にしたんですか?最初は診察がてらだったのに。」
「あぁ、うちの病院はな、診察時間が長ければ長いほど、その医師に出る給料と患者の払う診察代が増えるんだが、私は長い診察が嫌いでな、なるべくなら診察室には一人でいたいんだよ。だから、診察時間外の昼休憩にしたんだ。」
診察室に一人で居たいって。そんなん医者じゃねえだろう。
「なんだ、そんなに診察してもらいたかったか。まぁ、お前が私に貢ぎたいというなら、私も特別に見てやるが。」
「猛烈に拒否させてもらいます。」
…嘘だと思うが、あんな嗜虐的な微笑みを向けられたら、全く笑えない。
「ふっ、冗談だ。」
嬉しそうに笑いながら、食堂のドアをこじ開ける。

食堂のカウンターで、継さんはペペロンチーノ、俺はかき揚げうどんを受け取り席に着く。
さっき気づいたが、今日は珍しくスカートを穿いている。
珍しく、というか初めて見た気さえする。その影響か、今日はいつもより、少し円い印象をさっきから受ける。本当に気のせいかもしれないが。
「呆けていると、うどんがのびるぞ。」
唐辛子が辛いのか、パスタが熱いのか、口をはふはふさせながら俺に言う。
なんか人間味があるなぁ、昨日と違って。
そう思いつつ、うどんをすする。
懐かしい味が舌に広がっていった。

「さて、腹ごしらえも終えたことだし、本題に入るか。」
綺麗に平らげた皿を横にどかして、脚を組みつつ左肘を付いて、半握りの拳を口の前にもっていく。
昨日と違って殺意こそないものの、視線は鋭く突き刺さる。さっきまでの穏やかな目ではなく、無表情な冷たい目。
その目を直視して、まず先に―
「勿論ちゃんと話しますけど、鳴澤さんからは何も聞いてないんすか?」
―訊きたいことをきく。
「悠(はるか)からは何も連絡はない。私も忙しかったから連絡を入れてないしな。 それに、私はお前に頼んだからな。お前から顛末を聞くのが筋だろう。」
ふむ、それもそうか。
とりあえず納得した俺は、端折りながら、保健室での事を話した。

「なるほど。だから誰の目でも異常、というわけか。
 お前にだけ視えるのではなく、誰にでも見える範囲で異常だった、と。」
「ま、そうですね。あんなん、生きてないに等しいっすから。」
説明を聞き終えて、脚を組み替える継さん。なんかいちいち仕草がかっこいいな。
「ふむ、確かにひっかかるな。その異常もそうだが、やはり彼女そのものにもひっかかる。」
…その言い回しに違いはあるのか?
一人で思考の海へと深海ダイブ決め込む継さん。置いてかないでほしいわ、こちとら一般人なんだから。
「お前は一般人じゃないだろ、バカ。」
「心読まないでくれます?怖いから。」
「顔を見て推測を立てただけだ。いくら私でも心なんて見えもしないもんは読めない。表面に出てこない限りな。」
なるほど、俺は見事に表面に出てたわけか。
そしてそれを見事に読み取ったわけか。こうも正確に。
「で、話戻りますけど、彼女にひっかかるってのは、どうして彼女がそうなったかってことですか?」
「そんなものはどうでもいい。虐待でも凌辱でも理由は簡単につくだろ。」
それはそれで簡単じゃないだろ、精神科医。治してやれよ。
「お前は何も感じなかったのか?話を聞いただけの私でも、“それ”はおかしいと思うぞ。
 …いや、そうか。この前感じた違和感はこれか。」
勝手に納得までしだす始末。人に面倒ふっといて解説一切なしかい。
「すいません、バカにもわかりやすくお願いします。」
「なんだ、まだ気づかないのか?
 彼女の在り方と反応だよ。おかしいだろ?」
1+1=2だろ、とでも言うように、さらっと言う。
「なんだ、鈍いな、お前は。お前は彼女に原因も解決法もわからない、と言ったんだろ?
 それに対し彼女は落胆した。また病院に行くよ、と極普通の反応を示した。」
そう、まるで自身が風邪をひいているかのように―
「あっ」
「この鈍感。いいか、自分にとって未知の症状で、かつ医者やそれに類する人さえもその原因や解決法を知らなかったら、どう反応するよ。普通、錯乱するだろう?そこまでいかなくとも、青ざめたり、理解できなかったり、“普通でない”反応を示すもんだ。
ところが彼女はいたって正常な反応を示した。落胆ってのは理性で判断でき、なおかつ冷静でいられなきゃできない。そして彼女は落胆したんだろう。少なくとも混乱は全く見られなかったはずだ。そんな普通の反応を示すのは、普通じゃない。」
…普通人は病院に行くだけでも結構大事だが、その病院でさえも何もわからないとなると相当不安に駆られるはずだ。そしていくら他の代替手段を紹介されたからといってその不安は簡単にくせるものではない。
確かに、病気なら、病院をはしごするうちになんとか解決策がみつかるかもしれない。
でも彼女の場合は“意識の消失”という抽象的で、かなり深刻なものだ。解決策が見つかる可能性はかなり低い。
その状況で、僅かに浮かんだ希望をも全否定されたら、普通なら絶望したり、悪ければ発狂するだろう。
では諦めていたのか。
…そうとは思えない。あの落胆は真実だ。彼女は普通に、俺に期待し、落胆していた。
そこに諦観は見えなかったといっていい。なにせ彼女は自然だった。虚勢もなにもなく、自然体の人として機能していた。
「以前診察で診たときも、反応が妙に淡白だったんで、不思議に思ったんだが。
作品名:月の依る辺に 作家名:高崎 彰悟