月の依る辺に
◇◇◇◇
保健室での用事が案外時間を食ったためか、家に着いたときにはとっくに太陽が、夜によって地上を追われていた。
ドアを開けて家に入ると、玄関には茶色いローファーが律儀に整えて脱いである。
どうやら優陽は先に帰ってきているようだ。
夕飯でも作っているのだろうか? リビングと台所の方から水を流す音がする。
「ただいま。」
リビングに入りながら言うと、
「おかえり。遅かったね。」
と、台所から首だけだしてあいさつを返してきた。
「何してたの?こんな時間まで。」
心配しているのか気に食わないのか判別できない顔で訊かれた。
「鳴澤さんに捕まっただけだよ。世間話の相手がほしかったんだろうな。」
「…ふぅ~ん。兄さん、鳴澤先生と妙に仲良いよね。傍からみてると結構意外なんだよね。なんか似合ってないっていうか。」
「仲良いか?俺的には一方的に絡まれること多いんだけどな。」
てか、あれは仲良く見えるのか。いまいち優陽の「仲良い」の基準がわからない。
まぁ、いいか。
とりあえず当面の問題を解決しなければ。
「で、夕飯何?」
やはり、一番は腹ごしらえだろう。
夕飯を食い終わったあと、部屋に戻ってきた。
俺は満腹感に浸りながら、昼間の保健室での会話を思い出す。
すれ違っただけの少女―
視たわけではないから、はっきりとはわからないが、先生のいうように何か感じたのだろうか。
にしても、先生ももったいぶらないで説明してくれればいいものを。
なんで、「詳しいことは、また明日。」になるのか。こちとら気になってしょうがないじゃないか、まったく。
ま、ここで考えても仕方がないか。
とりあえず、風呂入って歯磨いて、さっさと寝よう。
今日のような暴力的な目覚ましを、明日また食らうのは勘弁だからな。
そんなことを考えながら、一般的な高校男子の活動時間にいそいそと寝る準備を始め、布団にもぐる俺。
意識は重りを着けられたように、静かに深く沈んでいく。
気づいたときには、俺は夢の世界へと踏み出していた―