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Largo 〜ゆるやかに〜

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「先輩、それって結局、オーディションに受かったら付き合うけど、落ちたら付き合わない、ってことですか?」
 貢平が、恐る恐る尋ねる。
「そういうことだな」
「そんな、今から支障があるかどうか気にしなくても、何かあったらあったで一緒に乗り越えていけばいいじゃないですか」

 貢平の言葉に、輔は心中では感謝しながらも、ふざけた口調で答える。
「どっちにしたってオーディション落ちたら、俺、日本に帰るから。遠距離恋愛なんてかったりーこと、するつもりもないし。
 あ、これはお前が留学する時、きっちり言っといたよな」
 貢平を指差す勢いで、輔が言う。
 貢平が慌てて口をはさんだ。
「ええっ、遠距離恋愛が嫌、って、体の良い言い訳じゃなかったんですか?本気で言ってたんですか!」
「本気だけど」
 輔がにやりと笑う。

 まあ、今回落ちても、いつかは貢平の隣に堂々と並んで音楽ができるよう、努力は続けていくつもりだ。
 なんと言っても、俺はヴィオラが大好きなんだそうだから。
 …その時、貢平が俺のことをどう思っているかは分からないけど。

「じゃ、俺、父親のとこ帰るから」
 それ以上、貢平に口を出させないうちに、と、輔が手を上げ、貢平に別れを告げた。

「え?ちょっと待って下さい。お父さんのところ、って?」
「あれ?言ってなかったっけ?親父、単身赴任でこの国にいるんだけど」
「初耳です!」
 勢いよく、貢平が言う。
「そっか、言ってなかったか。
 うちの家族、昔、父親の仕事の都合でこっちに住んでたんだ。俺が小学校に入るくらいに俺と母親と弟とで帰国したんだけど、弟が今まだ高校生だから、今は父親が単身赴任してる」
 貢平は、何か思い当たる節があったのか、妙に納得したるような顔をした。
「だから、なんですね。先輩の音があんなに響く音なのは」
「んー、そうかもな。俺がヴァイオリン始めたの、こっちにいる時だったし。…やっぱりこっちの空気はよく響くな。久しぶりにこっちで楽器弾いて、俺が出したい音はこれだって思った」
「じゃ、日本に帰らずに、こっちに残れば…」
 尚も言い募る貢平に、輔は首を横に振った。
「もう、決めた。それに…」
 ちょっとシニカルに笑う。
「オーディションに落ちたら、必ずオケに戻ってくれ、と永野さんに言われてる」

 こうなったらもう、輔は動かない。それは、貢平が一番知っている。

「わかりました。その代わり…」
 俯いたまま言い淀む貢平に、輔が先を促す。貢平は、勢いよく顔をあげると、一気に言った。
「今日は、俺の下宿に来てください。それで、明日には今日の結果が連絡されると思いますから、その時、一緒にいさせてください」

「わかった」

 輔が、携帯を取り出し、どこかに連絡する。
「携帯…、俺、何度も連絡したんですよ?」
「あ、これ?日本で使ってたヤツじゃないから。あれは日本に置いて来た」
 そう言ったところで電話の相手が出たようだ。
「あ、父さん、俺。今日、こっちに留学しているヤツの下宿に泊めてもらうから。…うん、明日そっちに戻る…うん、じゃ」

 電話を切って、貢平の方に向き直る。
「じゃ、行こうか」

 ***

 途中、貢平の行きつけだという安いレストランで夕食を摂り、そのまま貢平の下宿まで歩いて帰る。部屋に入りドアを閉めた途端、輔は呼吸ごと唇を奪われた。
 すぐに貢平の舌が侵入してくる。角度を変え、息を継ぐあい間になんとか言葉を発する。
「貢平、…がっついてんじゃねーよ」
「だって、三年ぶりの先輩です」

 貢平が、輔の背中に手をまわすと、楽器のケースに手が触れた。
「楽器もおろしてなかった…」
 輔が、軽く貢平の胸を押して体を離す。担いでいた楽器をおろし、部屋の隅に置いた。

 貢平の方に向き直り、自分の唾液で濡れて光る貢平の唇を、人差し指でつっとなぞる。
 ビクッと反応する貢平の耳元に、吐息とともに囁いてやった。

「わざわざ奪われに来てやったんだ。有難く、全力で奪いやがれ」

 ***

 翌朝。

 輔の今後を左右する知らせを伝えるために、携帯電話が鳴った。



〈了〉





作品名:Largo 〜ゆるやかに〜 作家名:萌木