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Largo 〜ゆるやかに〜

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『コウヘイ、今日のオーディション、ヴィオラに日本人が来ているの、知っている?』
『え?そうなんですか?』

 正直、誰が来ていても関係ない、という気持ちだった。

『そういえば、前にコウヘイが言っていた、私に推薦したいヴィオリストってどうなったの?』
『レオ先生、覚えていてくださったんですか…?』
 コパル教授は穏やかに微笑む。
『コウヘイがどんなヴィオリストを連れてくるのか、興味があったんだけどね』
『…いろいろあって…、結局話ができませんでした』
『それは、私の怪我のことも含めて、だね。そうか、申し訳なかったね』
『いいえ』
 貢平は首を振った。

『では、ヴィオラ一人目、入っていただきます』
 スタッフに声を掛けられ、貢平は気を引き締めた。

 ノックの音。
『失礼します』
と涼し気な声が、こちらの言葉を流暢に操る。

 貢平は思わず、入ってきた人物を見つめた。

 彼は、鮮やかに微笑むと、コパル教授と貢平に一礼して楽器を構え、流れるように課題曲を弾き出した。
 深く、暖かい音。柔らかく、優しく響く音。
『ほう…』
 隣で、教授がため息をつくのが聞こえた。
『日本人にしては珍しい、立体的な、よく響く音だ…』
『はい…』

 はい、そうなんです。先輩の音は、本当に柔らかく、よく響くんです。
 この音が支えてくれていると思うと、安心して弾けるんです。

 貢平は目を瞑って、ただ輔の音を追いかけていた。


 今回のオーディションを受けたのは、ヴィオラ五名、チェロ六名。
 一日、神経を研ぎ澄まして音を追いかけていると、とても疲れる。

 結果は後日連絡します、と、オーディションを受けた人達には通知してある。
 コパル教授が、貢平の顔を覗き込んだ。
『みんな、素晴らしかった。さて、コウヘイ、君はどう思った?』

 ***

 今日の結果について、教授と少し話をし、貢平はさっさと音楽院を出た。
 貢平の意見も少しは容れてくれるようだが、最終的な決定は教授が下す。そこには、貢平の私情をはさむ余地はない。

 ふと前を見ると正門前に輔がいた。
 貢平を見つけ、手を上げる。
「先輩?何してるんですか、こんな所で?」
「お前を待ってた」
 輔が笑った。
「一体何時間待ってたんですか?風邪でもひいたらどうするんです⁈だいたい、俺がここから出てこなかったらどうするつもりだったんですか!」
 貢平が立て続けに捲くし立てると、輔は
「全員の演奏が終わるまでは中にいたから、そんなに長くここにいたわけじゃないよ」
と、少しバツが悪そうに笑った。

「少し、話しても良いか?」
 輔の言葉に貢平は頷く。
「お前、ひょっとして審査にも関わってるのか?」
 少し驚いた様子を見せながら、貢平が答える。
「意見は聞かれましたが、最終的に決定するのは教授ですから。俺は直接は関わっていません。今頃、決定してるんじゃないかな。…でも、どうしてそんなことを?」
「うーん、じゃ、別に今話してもかまわないか。オーディションの結果次第で俺は今後進む道を決めるつもりだし、お前にも、多少関係ある話だと思うんだが」
 輔が言うと、貢平の顔も真剣なものに変わった。
 関係ない、なんて、もう言われたくないし言わせない。

「この前の演奏会の後、ちゃんと返事できなかったから。その返事にもなると思うし」
 一息ついて、輔が話し出した。
「俺は、このオーディションに受かったら、お前の隣にいることを自分に許してもいいんじゃないか、と思っていた。このオーディションに受かるくらいの実力が俺にあれば、たとえお前と俺が付き合ったとしても、お前も俺も揺らぐことなく音楽を続けていけるんじゃないか、って。
 だから、俺なりに、お前と一緒にいられる努力はしたつもりだ」
 貢平が頷く。
「だが、それが、結果を伴わないものだったとしたら…
 結局、俺はそこまでのヤツで、一緒にいたら、きっとお前の演奏の支障になる。俺は、自分がお前の音楽を邪魔してしまうようなことだけは絶対に許せない。だから、今回駄目だったら、やっぱりお前とは付き合えない」
 ここまで一気に話し終わると、貢平の方を見る。

「これが、俺の結論」


作品名:Largo 〜ゆるやかに〜 作家名:萌木