Largo 〜ゆるやかに〜
相変わらず、直球勝負だな。
どこか醒めた頭で考えながら、輔は貢平を見ていた。
一方の貢平は。
正面から、直球勝負してしまった…
項垂れていた。
だが、発した言葉は取り戻せない。覚悟を決めて、言葉を重ねる。
「三年前は、先輩に言われるまま付き合って、言われるまま別れたけど。今度は、俺の意思で、言います。先輩が好きです。付き合ってください」
お前、俺がなんで別れを切り出したのか、分かってないだろ。
輔の纏う空気が、どんどん温度を下げて行く。
それを悟ったように、貢平は
「三年前、先輩がなんで別れよう、なんて言い出したかぐらい俺だってわかってます」
先輩、案外分かりやすいですから。
と、これは心の中だけで呟く。
「とにかく。俺の為に別れる、なんて理由はありえません。
本当に俺の為に、と思うなら 、付き合って下さい。その方が俺も精神的にすごく落ち着けます。演奏面でもプラスになるはずです」
輔が、
「何を勝手なことを…」
と呟く。
「勝手なのは百も承知です。でも、もし今、先輩に好きな人がいないなら、付き合っている人がいないなら。遠慮はしません。全力で奪いにいきます。覚悟してください」
輔はまじまじと貢平を見た。
お前、貢平のくせに生意気だ。
「山下さんと付き合っている」
言いかけた輔に、畳み掛けるように貢平が言う。
「山下さん、は付き合っている訳ではないですよね?付き合っているなら、ここまで先輩を送って来ておきながら一人で帰るなんて、ありえませんよね?」
輔は言葉につまった。
「ほかに、誰か居るんですか?」
「…いねえよ」
「じゃあ、問題ないですよね?」
問題、ないのか?
ない訳ないだろ?
男同士で付き合うことが問題ないほど、お前は揺るがない立場にいるのか?その立場を守れるほどの演奏を、ずっと続けていけるのか?
俺は、お前から音楽を奪うようなことだけはしたくないし、してはいけないと思っている。
それに、俺がお前の隣にいて良い人間なのかどうか、俺には自信がない。
「明日の演奏」
輔が、ようやく口を開いた。
「明日の演奏会のあとで、返事する。少し考えさせてくれ…」
輔が、立ち上がりかけた。
「話はそれだけか?」
貢平は、少し俯いたまま小さな声で言う。
「…すみません、本当はこんな話するつもりじゃなかったんです」
はっきり振られて、きっぱり諦めるつもりだったんです。
それに、先輩に考えて欲しいことは、もっと別のことだったのに。
「そうだな、演奏会の前日、こんな話するべきじゃない。明日の演奏にさしさわりがあったらどうする?」
弾かれたように、貢平が顔をあげた。
「明日の演奏はベストを尽くします。せっかく先輩と共演するのに、このことが何か影響するなんて、絶対にありませんから」
確かめたいことは確かめたし、言いたいことも言ってしまったから、もうわだかまりはない。
やっぱり、直球勝負だ。
輔は、くすりと笑った。
***
翌日の演奏会は、というよりも、貢平の演奏は、大成功だった。
拍手は鳴り止まず、貢平は何度も舞台と袖を往復し、花束を受け取ってまた拍手を受け、アンコールに応えた。
それを、ヴィオラのトップサイド席(一列目の客席から見て内側の席)から眺めながら、輔はどこか安心していた。
貢平はきっと大丈夫だ。あれだけの演奏ができるなら。あれだけの実力があるなら。ならば、俺は…?
貢平の演奏につられて、今日はオケもよく鳴っていた。
曲が終わるのが惜しいと思える演奏だった。
その後のメインプログラムのシンフォニーも、オケ全体の気分が乗っていたのだろう、良い演奏になった。
演奏会が終わり、着替えもそこそこに輔は貢平の楽屋を訪ねた。
…シンフォニーの演奏が終わったら、きっと貢平は舞台袖で待っていると思っていたのに。貢平はどこにもいなかった。
軽くノックして、楽屋のドアを開ける。
中は空っぽだった。
着替えも、楽器も、何もない。
貢平もいない。
作品名:Largo 〜ゆるやかに〜 作家名:萌木