Largo 〜ゆるやかに〜
長く続く呼び出し音が途切れたと思ったら、突然、輔の携帯から聞こえてきた知らない男の声に、貢平は固まってしまった。
『はい、雨宮輔の携帯です。藤代くん?』
しかも、相手は自分が架けていることまで知っている。
「は、はい。あの…?」
『あ、ごめんね。チェロの山下です。雨宮が電話に出ないもんで俺が勝手に出ました。ちょっと待ってね、雨宮に代わるね』
しばらく、電話を押し付け合うようなやり取りが微かに聞こえた。
ようやく、輔が不機嫌そうに電話に出る。
『…お前、なんで俺の携帯知ってるんだよ?』
「ご自宅に電話して、先輩のお母さんにお聞きしました。…俺の知っている番号では先輩に繫がらなかったので」
『…一体何の用だ?』
「えっと、先輩にお聞きしたいことがあって…」
『何だ?さっさと言え』
「いえ、できればお会いしてお話したいです」
『なら明日でいいじゃないか』
「今から、じゃ駄目ですか?」
輔が黙り込んだ。貢平は一歩も引かない覚悟だ。
『…今じゃなきゃ駄目なのか?』
「はい」
再び、電話の向こうで揉めている気配。
一人取り残された気配に、貢平の苛立ちが募る。
『あ、ごめんね、山下です。今から雨宮送って行くから。どこに行けばいい?』
「え、あの、でも…」
『いいから。ほら、さっさと言って』
「あ、はい、じゃ…」
貢平は、自分が泊まっているホテルの名前を告げた。
***
山下は、通話を終えた携帯を輔に放ってよこした。
「山下さん、どういうつもりなんですか?」
「だから。素直になれ、って言ってるだけ」
そう言って車をUターンさせた。
「彼ってさ、パッと見た感じ田舎から出てきたばっかの垢抜けない兄ちゃんなのに、楽器構えた途端、色気が溢れ出るよね。反則でしょ、あれ?」
そして、輔の反応を窺う。
「雨宮もあの色気にやられたクチ?」
輔は、暗い窓の外を見つめたまま、反応を示さなかった。
「永野さんも狙ってるみたいだし?うかうかしてたら、攫われちゃうよ?」
輔が、ようやく呆れたように口を開く。
「…山下さん、面白がってるでしょ?」
「うん。ばれた?」
「だいたい、永野さんはストレートじゃないですか」
「あれ?そうだっけ?」
山下はくすくす笑っている。
その後は、二人とも何も喋らなかった。
ただ、貢平が指定したホテルに着いた時、車を降りる輔に、
「本当はね、君みたいな相性のいい相手、離したくないんだよ?でも、君、俺に抱かれながら、ずっと彼のこと考えてたでしょ?」
「え?」
驚く輔に、寂しそうな、けれどもとても優しい笑顔で、山下は
「自分で気付いてなかった?」
そう言った。
***
貢平がホテルのラウンジで待っていると、オーダーしたコーヒーが冷めないうちに輔が現れた。
楽器を担いだままの輔に、練習後山下と出かけ、そのままずっと一緒だったんだな、とぼんやり考える。
メニューを持って近づいてきたウエイトレスにコーヒーをオーダーして、輔は貢平の向かいに座った。
貢平は慌ててまわりを見回したが、輔は一人だった。
「先輩、一人ですか?山下さんは?」
「帰った」
「え?」
「で?話って何?」
「…帰った、って?どうして?」
「貢平!話!」
「あ…、はい」
つい、勢いで名前を呼んでしまった。貢平は気づいていないようだけど。
輔は心の中で舌打ちした。
ウエイトレスが、輔のコーヒーを運んできた。
一口飲んで、輔は貢平に話の続きを促す。
「あの、俺、先輩に手紙書きました。届いてます?」
貢平は、そんなふうに切り出した。
輔は肯定も否定もせずに、先を促す。
「今日、ポストの前通ったら、いたずらでポストに弁当の食べ残しが入れられてた、って貼り紙があって。俺が書いた手紙も、ひょっとしたら被害にあってるんじゃないかな、って。先輩に届いてないんじゃないかな、って思って」
「手紙は受け取った。でも、中は読んでない」
輔はキッパリ言い切った。
「読んでない、って、どうして?」
「もう、俺とお前はなんの関係もないだろ?だからだ」
それに、とても読める状態じゃなかったし。輔は心の中で付け足した。
実はあれ以来ずっとその手紙を持ち歩いている。勿論、貢平にそれを言うつもりはないが。
「関係ない、って…」
貢平は一瞬ひるんだが、すぐに気を取り直したように断言する。
「俺、やっぱり先輩のこと諦められません。今でも好きです」
作品名:Largo 〜ゆるやかに〜 作家名:萌木