小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

DEAD TOWN

INDEX|9ページ/21ページ|

次のページ前のページ
 

 時間が経つにつれ、柊の鼓動は激しく波を打ち続けた。洗ったままの髪からポタポタと雫が落ちては肩や床を濡らし、そして鼓動と合わせるように音を響かせている。そんな小さな音なのに、今は外界の喧騒よりも騒々しい。心臓が激しく鼓動するたび、柊は自分の鼓動が女に聞こえやしないかと、心配でならなかった。けれど、どうして俺はこんな小娘ごときに緊張しているのか。思い切って、押し倒せばいいじゃないか。本人がいいと言うのだから。女は俺を求めているのだ。なら、迷うことはない。据え膳食わぬは男の恥、というように、この女の言うとおり抱いてやろう。そうだ。俺は、今からこの女を抱いてやる―――。
「あなた、小心者?それとも、もしかしてその歳で、女を知らない、ってわけ?それって、マジヤバくない?」
 伸ばしかけた柊の手を振り払うかのように、エリナが言い放つ。静寂だった空間が、突如騒がしい外界の音で一杯になった。柊は、伸ばし掛けた掌を握り締めた。
「女なんか腐るほど知っている。ただ俺は、お前みたいなガキを相手にしたことがないだけだ。それに、お前の言うとおり抱いてやったとしても、後で泣かれてでもしたら、こっちこそ迷惑だ」
 嘘を吐いていた。女なんか、腐るほど知らない。それに、後もう少しエリナの口が開くのが遅かったら、間違いなく自分は女を押し倒していたのだから。柊はこれ以上嘘がばれないように、エリナから背を向け離れた。
「な、なんですって!」
 エリナが声を上げた。意外だった。もっと違う言葉が自分に向けられるものだと、柊は思っていたからだ。
「ふざけないでよ。弱虫!」
「あ〜、そうだな」と言って、女を見やる。
 パシッ!と乾いた音と同時に、頬に痛みが生じる。いつの間に近寄ってきたのだろうか、すぐ目の前に激昂したエリナの姿があった。
 感情を剥き出しにしたエリナの姿に、柊は、また芝居なのだろうか、と考える。女に叩かれた頬を親指でなぞり、柊はエリナの顔を見つめ続けた。
「な、何よ?黙ってないで、なんか言いなさいよ!」
 いつもの小生意気な物言いではなく、言葉の端々に虚勢を張っているような口調だった。これは芝居ではないらしい。
「珍しいな。お前が感情的になるなんて」
 そう言って、柊はエリナをベッドに押し倒した。
「何すんのよ。ふざけないでっ!」
 男の好きにはさせない、というような顔で、エリナはもう一度柊の頬に向かって手を振り上げる。
「女に何度も殴られるのは苦手でね」と言い、柊は振り上げた女の右手を阻止し、もう左手も捕らえる。そして、女の頭上にその両腕を片手で拘束した。力はやはり柊が上だ。
「何すんのよ!離しなさいよ!でなきゃ、撃ち殺すわよ」
「どうやって?」
 女が持っていた銃を奪い取り、それを女に見せた。柊はこんな手荒いことをするつもりはなかった。けれど、このまま女に振り回されているつもりもない。いつかは報復したいとは思っていたが、こんな形になってしまったのは少々気が引けた。
「さて、どうして欲しい?」と言って、エリナの頬に持っていた銃を押し当てる。
 エリナは勝ち目がないと観念したのだろうか、抵抗をやめた。悔しいのだろうか、それとも怖がっているのだろうか、瞳に薄っすらと涙を溜めて唇を噛み締めていた。その姿を見て、柊は急にエリナが可哀想に思えた。本気で女を犯すきなど毛頭無い。ただ、小生意気な小娘を懲らしめてやりたかった。ただそれだけだった。
「好きにすれば。アタシとヤリたいんでしょ?」
 置け惜しみなのか、女が精一杯強がる。けれど、だからといって柊は女とヤルつもりはない。この先どうしたらいいものか、と考えていたところにエリナが柊に向かって唾を吐いた。
「ふんっ!ホント、ちっさい男。あんた、って」
 最後の悪あがきなのか、エリナが柊を煽(あお)るように言い放った。
 何っ!そう言って、柊は持っていた銃を床に投げ捨て、そしてその手で女の口を塞いだ。決して手荒いことはしない、と決めていた。それなのに、今の自分ときたら感情のコントロールがきかなくなっている。
 目を大きく見開き、自分を見据える女の姿が艶(なま)めかしい。柊の心が昂ぶり、躰が上気していくのが分かった。口を塞がれた女が、何かモゴモゴと言っている。けれど、構わずエリナに囁く。
「お前が望んでいること、今からしてやるよ。ずっと、待ってたんだろ?久し振りの日本人の肌を。違うのか?んん?」
 自分は何をやっているのだろう。こんな惨(むご)い一面を持っていた自分の姿に、柊は落胆した。たぶん、もっと落胆したのはエリナという女の方だろう。大きな瞳から涙が溢れていた。女を泣かせるつもりはなかった。エリナの涙で、興奮していた躰が急に醒めていく。突然、罪悪感が柊を襲う。
「悪い…」
 柊はエリナに謝り、覆い被さっていた躰を女から離した。そして、さっき投げ捨てた銃を拾い上げ、エリナに、ほら、と言って手渡した。
 柊はエリナに殺されることを覚悟した。ま、殺されても仕方の無いことをしたのだから、それも運命なのかもしれない、と柊は諦めた。けれど、エリナは黙ってそれを受け取り、すぐにしまったのだった。また、予見が外れる。
 なあ?気まずさからそう女に声を掛けてみるものの、エリナは返事をすることはなかった。更に罪悪感が付き纏う。と同時に、忘れ掛けていたあの懐かしい恋心がふと蘇った。何故、こんな時に?と、自分の浅はかさにまた愕然とする。罪と恋はイコールではない。なのに、どうして忘れ掛けていた恋心を思い出してしまったのだろう。胸の苦しみ。心の痛み。もどかしさ。それらの感情は、罪の意識と似ている。だから、脳が恋だと勘違いしたのだろうか。
 しかし、その忘れ掛けていた感情を思い出させたのは、紛れも無くエリナだ。香水のつけていない躰から仄かに漂う甘い匂い。それは、今まで嗅いだことのない香り。いや、どこか懐かしい匂いがしていた。あやふやな記憶を辿るものの、それが無意味なものと思い直し考えることをやめる。虚しさを感じたのだ。
 久し振りに女に触れたことによって、脳が錯乱しているのだろうか。だから、今日初めてあった女に恋心を抱いたと勘違いをしたのだろう。なら、納得がつく。俺は、もう愛だの恋だのという世界とは無縁の世界で生きている。それに、永遠の愛など信じない。愛は裏切るもの。そして、愛以上に女は危険なもの。愛に溺れ、愛で死んでいくヤツの気が知れない。女も、愛も、信じてはいけないのだ。どちらも不幸の素(もと)でしかないのだから。
 だからといって、自分より弱い者を傷つけてはいけない。それは最低なことだ。そんな当たり前のことを知っているのに、どうして感情的になってしまうのだろう。いくら、この女が悪いといっても、だ。と柊は、今更ながら悔いた。
 おい?そう女を呼び、部屋から出て行こうとするエリナの肩を掴んだ。「ちょっと、待ってくれないか?」
「いやっ!気安くアタシに触んないでよ!今度は間違いなく、殺すわよ」と言って、エリナは柊の掌を振り払い、銃を向ける。
作品名:DEAD TOWN 作家名:ミホ