DEAD TOWN
柊は咄嗟に両手を上げるも、すぐに銃特有の乾いた音が部屋中を響かせ反響し続ける。というより、柊の耳にその残響が反芻しているだけで、その音自体はもう消えていたのかもしれない。静寂が襲う。キーンと耳鳴りがした。今、自分は生きているのだろうか。それとも、死んでしまったのだろうか。今の状態が分からず、ただ躰がフワフワと宙に浮いている感覚だけが生じていた。
「バカね。今のは空砲よ。そんなのも分かんないの?」フフッ、とエリナが笑う。「さっきのお返しよ。なんか、文句でも?」
「悪ふざけはよせっ!」
そう怒鳴って、女に手を上げた。けれど、振りかざしただけで柊はその掌をギュッと握り締め自分の胸に押付けた。
「何よ?アタシをぶちたいんなら、ぶてばいいじゃない。遠慮しなくていいのよ。さあ?」
いつもの小生意気な態度に戻ったエリナに安堵するも、少し何かが違って見えた。何が?と聞かれたら、具体的に、これが、とは言えない。でも、エリナの中にある心の叫びを聞いたような気がしたのだ。思い過ごしなのかもしれない。けれど、柊は憐れみの眼差しを女に向けていた。見つめれば見つめるほど、女に付き纏う悲愴感。そんなエリナに、何かを言ってやりたかった。なのに、何も言葉が見つからない。気の利いた言葉を、何ひとつ言ってあげられないカッコ悪い自分がもどかしい。こんな時、饒舌なヤツが羨ましい、といつも思う。口下手故に、あなたが分からない、と男女問わず言われ続けてきた。何度も苦い経験をしてきたはずなのに、いざとなるとどうしても言葉を飲み込んでしまう、悪い癖。俺の前では強がりはよせ、とどうして言ってあげられないのだろう―――。
「な、何よ。何か言いなさいよ」
エリナが狼狽(うろた)えた。しかし、柊はそれに答えなかった。
「何よ、弱虫!」
「そうだな。俺は、弱虫だ」
そう言って、柊は笑って誤魔化した。そろそろ自分と逃げるのはよそう。
「バカじゃないの。急に・・・・・・」と呟いて、エリナが呆れた顔をする。
笑い終わった柊は、大きく息を吐いた。そして、なあ?とエリナを呼んだ。
何?と返事をしたのはエリナではなく、ドアの隙間からそっと顔を覗かせたジェイクだった。
「二人とも、どうしたんですか?ビックリしますね」
「ごめん、ジェイク。空砲見つけたから、ちょっと撃ってみただけ」
そう言って、エリナは肩を竦めて微笑んだ。
はあ?ちょっと撃ってみただけ、って?なんだ、それ?俺は、お前に殺されかけたんだぞ!分かってんのか?なあ?そういくら心で怒鳴ったとしても、肝心な声を発しなければ誰にも届かない。そんなことは、言われなくても分かっている。けれど、こんな時でも言い返せない不甲斐なさ。惨めすぎた。俺は物凄く怒っているんだ。なんでか分かるか?原因はお前だ。その、小生意気な態度と言葉遣い。女なんだから、もっと女性らしくしろ!と、どうして面と向って言えないんだろう。俺は・・・・・・。自分と向き合おうと思った傍から、やはり実行に移すには当分時間が掛かりそうだ。
そんな柊の気持ちをよそに「ゴハン出来たよ。早くおいで」とジェイクが告げる。と、エリナが早々と部屋から出て行ってしまった。
「どうした、シューゴ?ゴハンいらないの?」
ボーっと佇む柊を心配したジェイクが、ギュッと抱き締め背中をポンポンと叩く。
「エリーのことはsorry。僕が代わりに謝るよ。許してやって」
「あ・・・・・・、い、いや・・・・・・」
出来れば本人に謝って貰いたい。と思うも、やはりその言葉も出てこない。
「そうだ、シューゴ。この後、飲みに行きましょう」
「あ、いや・・・・・・。今日は・・・・・・」
柊は疲れていた。色々ありすぎて。出来れば、今すぐにでも眠りたかった。
「何、シューゴ?お酒、嫌い?」
「いや、そんなことはない。ただちょっと・・・・・・」
「ただちょっと、何?僕とは、いや?」
ジェイクが悲しい顔をする。そんな顔、するなよ・・・・・・。柊に罪悪感が襲う。天を仰ぎ、浅く息を吐く。
「わ、分かった、ジェイク。行こう。俺を飲みに連れてってくれ」
OK!と言って、ジェイクが飛び跳ねて喜ぶ。そして、もう一度柊に抱きついた。
おい、おい!そんなに喜ばなくても・・・・・・。美しすぎる青年は得だ。悲しそうな顔をすれば、分かっていてもつい言うことを聞いてしまいたくなる。自分に無いものを持っているこの青年が、柊は羨ましかった。
「じゃ、シューゴ。早くゴハン食べて、早く行こう」
「そんなに急がなくても、店は逃げたりしないだろう。出来れば、ゆっくり飯を食べさせてくれ」
そう?とジェイクが残念な顔をする。
「いや・・・その・・・、せっかく君が作ってくれたんだろう。だから、ちゃんと味わって食べたいたんだ」
「嬉しい、シューゴ。じゃ、早く食べよう。エリーも待ってるね」
「そ、そうだな・・・・・・」
歯の浮くセリフを、なんでこんなにもスラスラと言えちゃうのだろう。それも、同性に。こんなセリフを嘘でも言えていたなら、きっと今頃は独り身ではないのだろう。たとえ独り者であっても、女の一人や二人はいるに違いない。って、今更ぼやいたって仕方のないことだ。
柊は今まで自分の過去を悔やんだことはなかった。後悔しても仕方のないことだと諦めていたからだ。なにの、ここに来てどうしてだろうか、ふと自分の歩んできた道を振り返りそして後悔をしている。後悔など意味が無い。しかし、もっと早く自分を見つめることが出来ていたなら、きっと違う人生が待っていたのかもしれない、と過ぎ去ってしまった過去が憎らしかった。