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DEAD TOWN

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 柊がシャワーを終えてスッキリした頃には、夕陽が傾いて半分ほど消えかかっていた。もう、一日が終わろうとしている。その夏の夕映えを、柊はジェイクに宛(あて)がわれた一階にある10畳程ある部屋でボーッと眺めていた。どんな時間帯でも、車や人の群れは一定に動いていた。ほぼ犯罪者よ、というエリナの言葉がふと頭によぎった。本当に、ここはそんな街なのだろうか。疑念を抱かざるを得ない人までもが、今自分の目の前を通り過ぎていく。考えれば考えるほど、柊は分からなくなっていた。
 それにしても、どの家も広い敷地だ。目に付くのは、どれも外国仕立ての広い家や庭。やはりここは日本じゃないのかも、と思い直す。と同時に、ふと淋しさが込み上げた。こんな気持ちは初めてだった。いや、ただ忘れていただけなのか。それとも、忘れたふりをしていただけなのかもしれない。淋しさはいつも自分に付き纏っていた。けれど、そういった感情はどこかへとひた隠しにしてきたのかもしれない。弱い自分を見せない為に。それなのに、こんな時に限ってその感情がふと顔を出すだなんて。また、心に小さな痛みが生じた。独りぼっち。孤独感。言い様も無い虚しさ。そんなあらゆる負の感情が次から次へと現れ、鋭い刃(やいば)となって心を襲う。いつかは慣れていくのだろうか。この痛みに。そして、消えていくのだろうか。もう二度と思い出すことがないくらいに。窓に映る自分の姿を見つけそう自問自答してみるも、やはり答えは分からなかった。たぶん、一生答えは出ないのだろう。きっと、それが答えなのかもしれない―――。
 柊は真っ赤な夕陽がこの街から消えていく姿を眺めながら、時間(とき)の速さに更なる虚無感に飲み込まれようとしたその時、ふとあの女の顔が浮かび上がった。淋しい感情がたちまち消えたと思うと、今まで収まっていた苛立ちが顔を出す。それと同時に疑問を抱いた。あの女は、いったいいつからここにいるんだ。それに、淋しくないのだろうか。俺がこんな短時間で孤独に苛まれているのだから、あの女だってたぶん例外ではないはずだ。けれど、そんな素振りは微塵も見せないでいる。何故だ。40年弱生きている俺がこんな気持ちになるのだから、たかだか20年弱しか生きていない人間なら、もっと淋しさは計り知れないだろう。痩せ我慢か、淋しさに慣れてしまったのか。それとも、もともとそんな感情はあの女には持ち合わせていないのか。ま、あの女ならあり得るかもしれない。平気で、人に銃を向けるのだから。そんな人間に、淋しい、とか、悲しい、とかの慈悲深さを求めるのも酷(こく)というものだ。でなければ、もっと素直で可愛げのある性格であるはずだ。
 あっ、そうそう、シューゴ?2階は全部エリーの部屋ね。間違っても行っちゃダメね。撃ち殺されま〜す。と愉快そうに言ったジェイクを思い出す。たぶん、あの女ならやりかねないだろう。階段を上がる素振りをみせただけでも、間違いなくあの女は迷わず俺を撃ち殺す。そんな女だ。誰が行くものか!頼まれたって、御免だ!チクショウ!!!
「何が、御免だ、って?」
 突然、後ろから声が聞こえ、柊は息を飲んだ。そして、一呼吸おいてから後ろを振り返る。
「い、いや・・・・・・別に・・・・・・。それより、部屋に入る時はノックぐらいしてくれてもいいんじゃないのか?こっちは着替えているかもしれないんだから」
 腕を組み相変わらず不機嫌な顔をしているエリナに、柊は出来るだけ穏やかに言った。言葉どおり、柊はバスタオルを腰に巻き付けたままの格好だった。
「ノック?アタシが?居候の分際で、随分偉そうなのね」
 エリナの不機嫌な顔が更に不機嫌になる。その顔に、柊もムッとした。こっちだって、好きで居候をしているわけじゃない!という言葉を飲み込み、グッと堪える。ここを出されてしまったら、自分は行き場所を失う。また、誰かに襲われるかもしれない、という恐怖が脳裏をよぎった。柊は、エリナを無視してベッドに置きっぱなしになっていた衣服を整理することにした。
 どうしたらこんな上等品を盗んでこられるのか。それも、セキュリティーの優れている日本で、だ。自分とは一生縁がないと思っていた、誰しもが知っている高級ブランド品がベッドに乱雑に置かれている様を見て、柊はそら恐ろしくなる。あの時はただただ無我夢中で品物を選んでいた。早く着替えたい、という一心で。山積みされた衣服や貴金属の中から品物を手にしていたのだ。それらが全てブランド品だとは知らずに、だ。けれど、家に帰り改めてその品々を見てみると、高級品ばかり。もしかしたらコピー商品なのでは?と何度もタグやロゴを見直してみたが、やはり素人目から見てもコピー商品とは思えない質感や高級感がそれらにはあった。間違いなく本物だ。そして、自分は今からそれに袖を通そうとしている。そんな現実を目の当たりにて、柊は今頃になって恐怖を覚える。これらを使うということは、自分は今まさに窃盗団の一味に加担したということになる。いや、もうこれを手にした時点で、窃盗団の一味になった、といった方が正しいのかもしれない。もう、この手はもう悪に染まり掛けている。そして、俺は犯罪者―――。
「何、浸ってんのよ。気持ち悪い」
 うるさい。人の気も知らないで・・・・・・。そう小さく呟き、柊は女の前で堂々と着替え始めた。その柊の行動に、エリナは目をそらさずにただ見つめていた。
「なんの様だ?まさか、俺に抱かれにきたのか?」
 一通り着替え終わった柊は、エリナを見ずにそう言った。決してエリナを嗾(けしか)けたわけじゃない。けれど、無言のままずっと見つめられていたら、そう思わざるを得ない。
「そうよ」
 ―――何?ボソッと呟いた女の言葉に、柊は眉をしかめた。そして、そこに佇むエリナの姿を捕らえ聞き返す。
「今、なんて言ったんだ?」
 口を開けば嫌味ばかりの女。だから、今度もまたいつもの様に高飛車に物を言うものだと疑わずにいた。この女は性格が捻くれている。それが違った。不機嫌な顔はいつものことだが、それに加え淋しさを滲ませた表情をしている。
 どうして、そんな顔をする。どうして、そんな顔をしているんだ。俺達は一生分かり合えないはずだろう。違うのか?それに俺は、性格が真逆なお前などに同情したりはしないし、したくもない。なのに、どうしてなんだ。少しだけ、憎らしさが薄らいでいるのは。どうしてなんだ―――。
 自分の意志とは相反し、柊はエリナに歩み寄っていた。不機嫌な顔は相変わらずなのだけれど、壁に寄り掛かり、腕を組み俯き加減に視線を落とす女の姿がなんともいえない愛らしさを漂わせていた。その女に、俺は何をしようとしているんだ。俺は、いったいどうしてしまったのだ―――。
「いいのよ。抱いても」
 本気なのか冗談なのか分からない女の顔を、柊はまじまじと見つめてみた。手を伸ばせが女に触れられる距離。その女から柊は視線をずらすことが出来ずに戸惑った。俺は、何をしようとしている。この女に惚れたとでもいうのか。だからこうして、女に近寄り、そして触れようとしている。この小憎らしい小娘のことを―――。
作品名:DEAD TOWN 作家名:ミホ