DEAD TOWN
2.
「おい、やめろ!やめろ、って言ってんのが、分からないのか?おい?」
そう日本語で言っても通じるわけがない。でも、柊は言わずにいられなかった。ジェイクが柊の手を繋いで歩こうとするからだ。
「もう、うるさいな〜。い〜じゃない。手ぐらい、繋いであげれば。ったく」
そう言って、女は柊のすねを蹴った。
うっ!柊は痛みを堪えられずに屈んだ。痣になっている場所に、丁度女の足がヒットしたのだ。
「大袈裟ね。ちょっと、あたっただけじゃないの」
どこがだ!そう怒鳴りたいのを我慢する。こんな道のど真ん中でケンカなどしたくない。というより、出来ないだろう。街で行き交う人々はこの女と知り合いらしく親しげに話している。それも、自分より皆がたいが大きい。そんな中で、俺がこの女を怒鳴ったとなると、間違いなく俺は―――。
味方は、このジェイクというゲイの男だけか・・・・・・。甲斐甲斐しく、というか、馴れ馴れしく自分の躰を撫で回す男を見つめ、チッ!オカマめ!とため息交じりに吐いた。二人の性格が入れ代われば、完璧な男と女なのに。世の中、上手くいかないもんだ・・・・・・。
「ちょっと、置いていくわよ。早く、歩きなさいよ」
また女が声を張り上げる。柊は、返事の代わりに舌打ちをした。女に聞こえないように小さく。
柊は、ゆっくり立ち上がり周辺を見回した。なんの変哲もない街。ダウンタウン。しかし、そこは異国情緒漂う街並みが広がっていた。ひとつの都市といっても、過言じゃない。どのくらいの広さがあるのか。東京ドームの何個分あるんだ?と誰かに尋ねたくなるが、だからといってそんなことを聞いたって正直皆目見当がつかないだろう。それでも聞きたくなってしまうのは、この街の面積と雰囲気なのだろうか。ここはいったい、東京のどこら辺なのか―――。
「何してんのよ!早く、来なさいよ!」
ボーっとしている柊に気付き、女が叱責した。
いちいちうるさいな〜!柊は小さく反論してから「分かったから、そう怒鳴るなよ。それに、もっと女らしく言ったらどうなんだ?見た目は可愛いんだから」と女の背中に向けて言ってみた。
「無理ね。エリーは、男ね」と言って、突然男が喋り出した。
「お、お前、日本語が…」
悠長に日本語を話すジェイクに、柊は言葉を失う。
「勿論」と言って、ジェイクが笑った。
柊は、男は日本語が分からないものだと勝手に思い込み、ジェイクに悪態づいたことを思い出す。
「あ、あの・・・・・・。そ、その・・・・・・。ま、まさか、お前が・・・・・・。悪い・・・・・・」
「そうね。じゃぁ、キスで許してあげましょうか」と言って、ジェイクが柊の肩を引き寄せる。
「ちょ、ちょっと。それは、む、無理だ。俺は、お前のこと、なんとも思えないし、異性というか、恋愛として考えられないんだ。それに、やっぱり男は・・・・・・」
なんの罰ゲームだ。男とキスをしなきゃいけないなら、ボコボコに殴られた方がまだましだ。と思いながら、柊は必死に抵抗する。がしかし、ジェイクから素早く逃げるも躰が弱っていて思うように動けない。もうこれ以上無駄な体力も消耗したくない。そう思った柊は、ヘビのように絡みつくジェイクに抵抗をするのを諦め、目を瞑った。
「冗談で〜す。シューゴ」と笑って、ジェイクは柊をギュッと抱き締め柊の背中をポンポンと軽く数回叩いた。
はぁ?じょ、冗談かよ・・・・・・。安堵した柊は、顔を引きつらせながら笑ってみせる。が、内心穏やかじゃない。いつかは覚悟を決めなきゃならない日が来るのだろうか、と。
「そ、それより、ジェイク?さっき、エリーって言っていたけど、あの女の名前か?」
「そうで〜す。名前はエリナ。みんな、エリーって呼んでま〜す」
ジェイクから女の名前を聞いた柊は、そっちこそ顔に合わない名前をしているじゃないか、と呟いた。そのエリナという女は、アジア系の女と楽しそうに話している。時々笑い声が聞こえるだけで、何語で喋っているのかまでは距離がありすぎて分からなかった。
「ここにいる外国人は、皆日本語が分かります。あまり、ヘタなことを言わない方がいいで〜す」
ウインクして、ジェイクが微笑んだ。それにつられ、柊も微笑んでみるが上手く笑えない。
「何、ニヤニヤして。気持ち悪いんだけど〜」
いつの間にやって来ていたのか、エリナが腕を組んでムッとした顔をしている。
「あ、いや・・・・・・」
笑うだけでも嫌味を言われる、この屈辱さ。俺は、いつまで堪えられるのだろう。そう思いながら、柊は腰に手をやり銃があることを確認する。外は危険よ、という女の言葉をふと思い出す。いつか自分もこの引き金を引く日があるのだろうか。出来れば、そうはしたくない。俺が、銃で人を殺すなんてー――。柊は頭を振った。そして、さっさと行ってしまったエリナの後を追った。