DEAD TOWN
「Good morning.ERINA」
「おはよう、ジェイク」
遅い朝。エリナとジェイクの一日が始まった。
「ねぇ、エリナ?」
「んん?」
エリナは、ジェイクの顔を見ずに返事をした。そして、テーブルに座り、ジェイクがエリナの為に用意した朝食に手を伸ばす。
「シューゴ、ちゃんと帰れたみたいだって。良かったね、エリナ」
「ふーん。そう……」
「な〜に?その気のない返事。もっと、喜ぶと思っていたね」
「だから?アタシには関係ないし。あの人が生きようが死のうが……」
「そう?じゃぁ、なんで今日はそんなに元気がないの?」
「いつもと、おんなじよ」
「いや、違うね。シューゴがいた時の顔と―――」
「だから、違うって言ってるでしょ!!!」
そう声を荒らげ、エリナは持っていたグラスをバンッと乱暴に置いた。まだ残っていたオレンジジュースがグラスから飛び出し、いたる所に飛び散った。
「エリナ、おかしいね?何故、ムキになるね?」
ジェイクが冷めた視線を、エリナに向けた。
「ムキになっていない。ただ……」
「ただ?」
「ジェイクがしつこいからじゃない」
「ダメね。話、変えたら。僕たちは、今日明日と近い未来、どうなるか分からない。戦うなら戦う、逃げるなら逃げる。近々決める。けど、エリナは僕たちとは違って、逃げ場所はいくらでもある。こんな命を掛けてまで、エリナには戦う必要がないと、言っているんだ」
「ないわ」
「いや、ある」
「シューゴなら、どんな君でも受け止めてくれるはずさ」
「受け止める?なら、どうしてさっさと行ってしまったの?その程度の男なのに、なんであの男にジェイクはこだわり続けるの?」
「僕は、男の見る目はあるね。そして、シューゴは僕より、君のことがLoveってことも」
「誤魔化さないで」
「Why?」
ジェイクが両手を上げ、肩を竦めた。
「ジェイク?もうやめなよ」
エリナが悲しい表情で、ジェイクを見つめた。
「What?」
「あなたがゲイじゃないことなんて、アタシ知ってるのよ」
「How long?」
「ずっと前から……」
「そう……」
ジェイクが小さなため息を吐いた。そして、窓辺に視線を移した。
街は危機的状況の最中(さなか)でも、いつもと変わり映えのしない穏やかな時間が流れていた。あまりにも穏やかすぎて、これから始まろうとする新しい未来の形がぼやけてしまいそうだった。
ジェイクが、タバコに火をつけ勢いよく煙を吐き出した。そして、話し出した。
「僕のこと、どこまで知ってるの?ボスから、全部聞いた?」
エリナは首を振った。
「聞かなかったし、ボスも言わなかった。ただ、一緒にいたら、いくらなんでもアタシにだって分かる。アタシたち、おんなじ傷もってんでしょ?ジェイクの過去が、そうさせたんでしょ?」
「そうね……。―――僕の家は貧しくてね、男の子が欲しいっていう家に売られたんだ。けどね、その売られた場所っていうのは、人身売買を斡旋してるところで、僕はアジア圏を中心に一度ならず二度三度と回され売られた。そこで、最後に売られた場所が日本(ここ)。ボスが、僕を拾ってくれたんだ。感謝しなきゃいけないね。こんな暮らしを与えてくれたんだから」
「やっぱり、聞かなきゃよかった。そんな話……」
「そう?僕は、君のこと知ってたよ。ボスが、悲しい顔をしながらよく君のことを話していた。その時だけ、僕は君にJealousを感じたね。かわいそうなのは僕の方だ、って」
「それで、アタシに意地悪してきたの?」
エリナが、怒ったふりをしてジェイクを睨んだ。
「あの時は、Sorryね。僕も若かったから」
「あの頃、ボスが生きてた頃、よくアタシたちケンカしたもんね。あまりにもケンカばっかりするもんだから、ボスに怒られてた。それも、いつも何故かアタシだけ」
「エリナは生意気だからね。だから、ボスにお尻ペンペンされるね」
「違うもん。ジェイクが悪いんでしょ?いっつも、アタシのせいにして」
「もう終わったことなんだから、気にしない、気にしない」
そう言って、ジェイクが笑った。
「それ、意味分かんない」
「でも、仲直りのHugね」と言って、ジェイクがエリナを抱き締めた。「もっと早く、こうすべきだったね」
「だからって、アタシたち恋愛はタブーよ」
「分かってるね。エリナには、シューゴしかいないこと分かってるから」
「もうっ、その話、やめてって!!!」
エリナを抱き締めるジェイクを突き飛ばした。
「はい、はい。分かりました……」
「ホントに、今度その男の名前出したら、ジェイクといえども殺す」
ジェイクは小さく息を吐いて、肩を竦めた。そして、咥(くわ)えていたままのタバコを灰皿へと揉み消した。
「ジェイクゥ〜???」
エリナが、急に甘えた声でジェイクを呼んだ。
「ハ〜イ。何、エリナ?」
エリナの機嫌が直ったと思い、ジェイクは軽やかな足取りでエリナの元へ駆け寄った。
「ちょっとっ!!!早く掃除してよ?ここ、ベタベタじゃないっ!!!」
エリナが一変して、ジェイクに怒鳴りながらさっき自分で飛び散らせたジュースのシミを指差した。その様に、ジェイクは両手を上げ首を振る。そして、エリナに聞こえないように呟いた。
「You are selfish(エリナはわがままだ)」と。