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DEAD TOWN

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 目が合った気まずさから、柊は未だ自分を見つめる女に質問をした。だが、反応はない。言葉が通じないのだろうか。それとも、日本人じゃないのだろうか。
「you'r name?」
 柊はたどたどしいながらも英語で尋ねる。が、それでも女は無反応だった。
 言葉が通じないことに、柊は焦る。日本語も英語も通じない。となると、あとは―――。そう考えるが、他国の言葉など知らない。挨拶程度ならなんとか喋れるかもしれないが、それもうろ覚えでしかない。それとも、もしかしたら言葉じゃなく発音の問題なのだろうか。けれど、自分はそれで精一杯だ。悠長な英語を喋るなんて皆無に近い。
 そんなことを考えている内に、女が部屋から出て行こうとした。言葉が通じない以上、その女から助けを請うことは出来ない。柊は、ただただ愕然としながら部屋から出て行こうとする女の背中を見つめた。いったい、お前は何者だ?そう女の背中に向け呟く。勿論、その声は女には届くまい。言葉が通じないのだから。ん?なんだ、あれは?
「待て?」
 言葉の通じない女に、柊は無意識に言葉を発した。本当に無意識だった。だから、女はそのまま部屋から出て行っても仕方ないと思った。けれど、女は歩みを止める。やはり、日本人か。
「それは、本物か?」
「それ?」
 そう言って女は振り向き、柊に歩み寄る。
 今まで無反応だった女と会話をしていることに、柊は躰が震える。勿論、理由はもう一つある。体が震える理由が。息を飲んだ。暑さのせいか、額から流れた汗が目に入る。でも、それを拭うことは出来ない。今の自分は、拘束されたただの寝たきり老人なのだから。
「それ?って、これのこと?」
 黙ったままの柊に、女がそれを柊に向けた。
「あ、あぁ……」
 おもむろに銃口を突きつけられた柊は、言葉を失い息を飲んだ。そして、思う。あのまま男にヤられて生き延びた方が幸せか、それともこのままこの女にヤられて死んだ方が幸せか、と。二つの選択肢は、どちらも選び難い選択。けれど、ここにいればいつかは死を迎えるはず。屈辱を受けながら生き延びたとしても、やはりいつかは殺されるのが落ちだ。なら、このまま死んだ方がラクなのかもしれない。死ぬのが少し早まっただけと思えばいい。ただそれだけ。柊は、無表情に銃を構える女の顔を見つめながら結論に達した。
「バカね。撃ちやしないわよ」
 女が鼻で笑う。そして、銃を元にあった場所、腰あたりに忍び隠した。
 女が銃をしまったのを見届けた柊は安堵するも息苦しさは続いた。その息苦しい様を解く為、何度か浅く息を吐くがその度に鈍い痛みが全身に生じた。それもまた苦痛だった。
「ここはどこだ?日本か?」
 柊の質問に、女は、何そのくだらない質問は?と言いたげな表情を浮かべ、また鼻で笑った。
 そんな女の態度に、普段の柊であればカッとなって怒鳴っているところ。けれど、今はそんなことをしてもどうにもならない。命が掛かっている。ここは穏便に済ませなければならないのだ。
「なあ、教えてくれないか?ここはいったいどこで、俺は何故ここに連れてこられたのかを?それに、さっきの男は?」
「覚えてないの?」
「あぁ・・・・・・。酷く殴られたみたいで、記憶が飛んでいるらしい」
「じゃ、名前も?」
「いや、それは分かる。分からないのは、つい最近の記憶だ。俺は何をどうしてここに来たのか、そして何故こんなに殴られたのかが、よく分からない」
「Really?」
 女はそう呟いて肩を竦(すく)めた。
「お前は、日本人か?それとも―――」
「何、そのくだらない質問。殺されたいの?」
 柊の言葉を遮り、女が激昂した。そして、先程しまった銃を手にする。
「ま、待て!悪い。悪かった」
 柊は慌てて謝った。普段ではあり得ないことだ。それも、自分より遥か年下の小娘に。女に謝ることが嫌いな柊は、どんなに自分が悪くても絶対に女になど頭を下げたりしない。それがポリシーとしていた。けれど、今は立場が逆転している。そんなくだらないことで殺されては割りに合わない。
「分かればいいのよ。今の状態をみたら、どちらが強いか分かるでしょ?違う?」
 そう言って、女は銃から手を離し腕を組んだ。
「あ、あぁ・・・・・・。そうだな・・・・・・」
 柊は苦虫を噛み潰したような顔をして、女から視線をそらし窓辺を見やる。すると、この部屋は一階にあることに気付く。外では楽しげに会話をする人達で行き交っている。でも、それは見慣れた人種ではなく、異国人ばかり。やはり、ここは日本じゃないらしい。
「ここは日本よ。それも、東京」
「と、とう…きょ…う?」
 柊は耳を疑った。まさか、ここが東京だって・・・・・・?もう一度女を見やり、そしてまた視線を窓辺に戻した。間違いなく外界は異国人の群れ。アジア系はいても、日本人は誰も歩いていない。それなのに、ここは日本。それも、東京―――。柊は更に混乱する。とその時、左腕がふっと軽くなった。女が手錠を外したのだ。
「ここから逃げても無駄よ。そんな素振りでも見せようもんなら、即刻殺されるから、気を付けなさい」
 そう言って、女は柊の横たわるベッドに座り、柊の躰にしな垂れ掛かる。そして、笑みを浮かべ露になった肌を弄び始めた。
「な、何をするんだ?や、止めてくれ…」
 左腕だけ自由にされただけでは、やはり抵抗は難しい。それに、自分はMではない。だから、この状態は苦痛でしかなかった。けれど、男よりはずっとましかもしれない、とも思う。こうやって、女に触れたのはいつのことだろう。遠い昔を思い出し、柊は女の腰に腕を回した。
「やっぱ、アンタもくだらない男ね」と言って、女が柊の躰に跨った。そして、無表情の顔を柊に近付ける。無抵抗の柊の首に両手を絡めつけゆっくりと絞め付けながら、女が囁くように言う。「女なら誰でもいいのね。だから、すぐ欲情しちゃう。それとも、ジェイクとのプレイの続きをしたいだけかしら。だから、人なら男でも女でも誰でも構わない。この躰の火照りをなんとかしたいから。と、でも?」
「俺を甘く見るなよ」
 殺気を帯びた女の瞳に向け、腰に手を回した時に奪い取った銃を向ける。動揺した女は、柊の首から手を離した。
 勝った、と柊は思った。この時点で立場は逆転したのだ。小娘はやはり小娘だ。人生長く生きた方が、やはり強いのだ。俺だって、だてに生きているわけじゃないんだよ。分かったか、小娘が!と言いたいのを我慢しながら、柊は険しい表情を続けた。
 どのくらいの時間、女と見つめ合っただろうか。これが恋愛中なら、とっくの間にこの女を押し倒している。でも、今は違う。恋愛中でもなんでもない。それに、この女の正体も不明なまま。敵なのか、それとも味方なのか。そして、あの男だ。また現れるのかもしれない。こんな状況であの男が現れようもなら、間違いなく俺が殺されるだろう。
 フフッ。突然、女が笑った。な、なんだ、こんな時に?それも、今自分は殺されるかもしれないという危機的状況の立場でありながら笑うとは。柊はムッとした。
「何がおかしい」
「そんなんで、アタシに勝ったつもり?」
「どういうことだ?」
「銃を良く見てみなさいよ」
 そう言われ、柊は素直に銃を見る。
作品名:DEAD TOWN 作家名:ミホ