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DEAD TOWN

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                   1.


 遠くの方で声が聞こえる。話し声。いや、笑い声か。定かじゃないが、たぶんそうだろう。微かだが、甲高い声を出して笑っている。誰かが笑っている。楽しそうに。いや、違う。これは笑い声じゃない。怒鳴り声だ。誰かが激しく怒っている。じゃ、俺はどうしてその声を聞いて笑い声と勘違いしたのだろうか。そうか。言葉だ。言葉が違う。日本語じゃない。そう、今聞いている声は日本人が喋っているものじゃない。だから、そう聞こえたのだ。なら、いったいここはどこなんだ。日本じゃないのか?いや、そんなはずはない。俺はどこにも旅行などしていない。それに、海外へ行く予定もない。なら、テレビか?映画館か?それとも、英会話教室か?いったい、ここはどこなんだ―――。それにしても、やけに暗い。周りがよく見えない。どうしてだ。目を瞑っているわけじゃないのに。なのに、どうして。どうしてここは真っ暗なんだ。もしかして、夢か?これは、夢なのか―――。
 柊脩梧(ひいらぎ しゅうご)は、微かに聞こえていた声が次第にはっきり聞こえてくるのを感じとる。と同時に躰に重みを生じた。
「うっ、眩しい!」
 シャッ!という音と共に瞳に突き刺さる光。柊は暫くの間目を瞑り、眩んだ目を慣れさせた。
 躰の重みは相変わらずある。しかし、微かに聞こえていた声は、今ははっきりと聞こえている。男がすごい剣幕で怒鳴っている。どうやら、勝手にカーテンを開けたことに腹を立てているようだ。けれど、確かなことは分からない。その男は日本語を喋っていない。ただただ、ヒステリックに叫んでいる。でも時々聞こえる単語は、カーテン、カーテン、と言っている。そして、この明るさだ。総合すれば、なんとなく見当が付く。勝手にカーテンを開けるな、とでも言っているのだろう。
 しかし、先程から聞こえていた声が男のものだったとは・・・・・・。柊は自分の耳を疑った。ずっと、女のものだと思っていたからだ。意識が混濁しているのだろうか。混濁?俺は、どうして混濁しているのだろう。そして、何故ここにいるのか。この重みはいったい―――。
 目がだいぶ慣れてきた柊は、静かに目を開ける。
「な、なんだ、お前はっ!だっ、誰だ?」
 目の前に現れた男の姿に、柊は混乱する。自分に跨る白人の青年。30歳前後だろうか。端正な顔立ちで、どんな女性でも落とせそうな美青年。その男が何故自分に跨っているのか。自分はそんな趣味など全くない。そのことだけは、いくら錯乱状態の自分でも良く分かる。なら、俺はまだ夢を見ているのだろうか。そうか。これは夢か―――。それにしても、眉目秀麗な青年だ。同性から見ても一目惚れをしてしまいそうになる。こんな青年が四六時中一緒にいたなら、やはりまかり間違って惚れてしまう可能性だってある。だが、やはり自分にはそんな気はない。興奮するどころか、心も躰も醒めるばかり。嘔吐を催しそうな、そんな嫌悪感すらある。この世が男ばかりだとしても、自分は間違いなくそんな間違いは起こさないだろう。そう柊は自分がゲイではないことを身を以(も)って確信する。けれど、自分がゲイじゃないのにどうしてこのような目にあっているのか。それも、それをどうすることも出来ないでいる。躰の自由がきかないのだ。何故だか分からない。目の前にいる男を拒むことが出来ない。どうしてだ。躰が動かない。だから、今こうして男の顔がゆっくりと自分に近づいてくるのを、俺はただただ見ているだけ、なのか―――。
「な、なんだお前は!や、やめろよ!」
 柊は必死に抵抗するもやはり自由がきかない。手足をバタバタさせるたびに、ガチャガチャと鎖の音。抵抗すればするほど、その音は大きくなりそして手足首に鈍い痛みを生じた。柊はパイプベッドに手錠で拘束されていたのだ。それに気付くのにはだいぶ時間が掛かった。なんせ、柊は混濁している上に混乱しているのだから。
 不敵な笑みを浮かべながら、男は柊のシャツのボタンをゆっくり外していく。怯える柊をまるで楽しむかのように。
「や、やめろっ!お、おい、何をする!」
 無抵抗の柊は、わずかに躰を揺らし怒鳴ることしか出来ない。けれど、いくら柊が怒鳴ったとしても男は止める素振りをみせない。面白がっていた。男は興奮しているのか、鼻息が荒い。柊が苦悶すればするほど興奮は激しさを増していくようだ。その男が露になった柊の肌を見つめ何かを囁いた。そして、ゆっくり顔を埋める。
「や、やめろぉ・・・・・・」
 男にいたぶられ屈辱を合わされる自分に、何故こんなことになったのか、と考える。が、どうしても思い出せない。何故、ここにいるのか。ここはどこなのか。そして、自分はいったい何者か、が―――。
 そんな柊をよそに、男の行為は次第にエスカレートしていく。露になった素肌にキスをするたび、男は柊の顔を見つめる。柊がどんな顔をしているのかを確認する為に。たっぷりと時間を掛け、露になった部分にだけキスを施していく。キスを重ねるごとに、とうとう男の唇は柊の首筋へと到達した。焦らすことが快感なのだろうか、それともそれが男にとってプレイのひとつだというのか、男の唇は充分に濡れていた。更に興奮しているらしい。
 なんで俺なんだ。他にもっといい相手がいるんじゃないのか。お前みたいな、美しい青年なら。こんな俺を相手にしなくても、十分に相手はいるはずだ―――。そう必死に思うだけで精一杯。ノドがカラカラで言葉を発することが出来なくなっていた。柊は浅く息を吐き、静かに目を閉じた。このあとのことが想像ついたからだ。もう諦めるしかない―――。
 バタンッ!突然、けたたましい音が鳴り響いた。誰かが勢い良くドアを開け放ち入ってきたのだ。
 そういえばもうひとりここにいたことに、柊は気付く。カーテンを開け放ち、一旦この部屋から出て行った誰かを。微かな記憶をシミだらけの天井を見つめながら辿る。が、先程も聞いた男の怒鳴り声に、それは阻害された。うんざりだった。男の罵声が。でもそれは、自分の上で、じゃなく、ドア付近へ移動してのことで、柊は男の顔を間近で見なくて済んだことに安堵する。
 ふと軽くなった躰に、柊は深く深く息を吸いゆっくりと吐き出した。
 イタッ!鈍い痛みに、柊は小さく呻(うめ)いた。一時(ひととき)の安堵も束の間、次に襲ってきた躰の痛み。その痛みに柊は記憶にない。男が馬乗りになっていたからだろうか。いや、拘束されたまま暴れていたからだろうか、と考えるもどうもそれだけではない尋常じゃない痛みが躰の節々を襲う。
 俺はいったい・・・・・・。そう呟いた時、「ノ゛ォ〜ッ!」と男が怒鳴り声を上げ、そしてドアを勢い良く閉めて出て行った。柊はドア付近に目をやる。男がちゃんとこの部屋から出て行ったのかを確かめたかった。
 日本人?ふと、目が合った女。髪はブロンドだが、顔立ちは日本人そのもの。身長は160cmあるかないかの細身の体型。美人、というより、可愛い、といった方がいいだろう。童顔で少女にも見えるが、20歳前後、いや、もう少し上だろう。さっきからこの部屋を出入りしていたのは、この女なのだろうか。
「名前は?」
作品名:DEAD TOWN 作家名:ミホ