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DEAD TOWN

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「シューゴ?シューゴ、大丈夫ね?」
「ん?何?誰だ?」
 柊は、いつの間にかカウンターで寝ていたらしい。そこに、ジェイクが起しにきたのだった。
「風邪ひくよ?シューゴ、帰って寝る?」
「んん?い、いや、大丈夫だ」
 本当は大丈夫じゃないのだろうけれど、だけど今日が最後となるとなんとなく名残惜しくなるもの。柊は、温くなったソーダ水を一口飲んだ。そして、顔をゴシゴシと掌で擦る。眠気を少しでも覚ますために。
「シューゴ?なんで、sodaね?」
 柊の前に山積みにされた大量のソーダ水の瓶を見て、ジェイクが驚いたように聞いた。
「あ、あぁ……?これ?」
 柊はあの時、必死に水を探したのもかかわらずそれはどこにもなかった。それで探すのを諦めようとしたところに、ふと目の前に箱詰めされたソーダ水の山を見つけたのだ。で、柊は水には変わりないと自分に言い聞かせ、それを抱えれるだけ抱えカウンターに置くのだった。しかし、そんな経緯(いきさつ)をここで説明するには少々面倒くさい気がした。そう思った柊は、ジェイクに温くなったソーダ水の瓶を数本手渡した。
「俺、水よりこっちの方が好きなんだ」
「へ、へぇ〜。シューゴ、変わってますね」
 ジェイクが驚いた顔をして、手渡された瓶をまじまじと眺めた。
「そ、そうか?結構、俺の周りでは流行ってんだ」
 そう言って、柊は笑って誤魔化した。
「そ、そうですか……。シューゴはペリエじゃなくて、ソーダ水が好きなんですね。僕、覚えておきますね」
「んん?ペ、ペリエ?あ、あぁ、そうそう、ソーダ水ね。俺、好きだよ」
 柊は更に笑って誤魔化した。そして、今日で最後になるかもしれないジェイクの無邪気に笑う顔を見つめた。短い時間だったはずなのに、長い時間一緒にいた友のように淋しさが込み上げる。これで最後。そう思うたび、喜びと同時に淋しさも溢れ出すのはどうしてなのだろうか。ずっと一人だった。それは、自分がそう望んだから。一人は気楽でいい。気も使わなくていい。自由だ。全てが自由。でも、やっぱり淋しかったのだろう。躰のどこかで誰かを求めていたのかもしれない。だから、こうして誰かと時間を共有したからこそ忘れかけていた心地よさが蘇ってきたのかもしれない。
「シューゴ?あっちに移動しない?」
 そう言って、ジェイクが奥を指さす。
「えっ?い、いや……」と言いながら、柊はジェイクが指さした方へと視線をやる。
 あれ?何かが違う。そう思った柊は、もう一度店内を見回した。何がどう違うのかは定かじゃないが、なんとなく雰囲気が違っていたのである。酔った頭で柊が懸命に考えているところに、今まで流れていたBGMとは違う曲が流れてきた。今まではちゃんとスピーカーからカントリーミュージックが聞こえていたような気がしたのに、今は奥の方から、それもジャズが流れだしている。それも、聞き覚えのある曲。80年代の懐かしい曲だ。そして、この声もどこかで聞いたような……。
「いいから、いいから、シューゴ。早く行こう。曲が始まったね」
 そう言って、ジェイクが柊の腕を自分の腕に絡ませ奥へと連れて行く。
 柊はジェイクにされるがまま歩いた。その歌に引き寄せられるかのように。
「えっ?こ、これは?」
 奥の部屋がこんなにも広かったのか、と驚くと同時に、柊は昔自分がファンだったアイドルが今ここで歌っている姿を生でそれもこんなに間近で目に出来ることに驚き、言葉を失った。
「シューゴ、座ろう?」
「えっ?あ、あぁ……」
 呆然と立ち尽くす柊を、ジェイクが優しくエスコートする。
「どう?この場所、いいでしょう?シューゴのために、取っておいたね」
「あ、あぁ……」
 未だ信じられない光景に、柊はただただその目の前で歌う歌手を見つめた。
 小さなステージだけど、楽器や音楽機材はプロが使うものと同じように揃っている。まるで小さなミュージックハウス、いや、本格的なライブハウスなのかもしれない。そこで、こうして飲みながら歌をきけるなんて、と思ったら堪らず涙が込み上げるのだった。
 柊は感動しながら、続けざまに歌う曲に耳を傾ける。どれも知っている曲に、自然と鼻歌が零れ出した。これは人生最後のご褒美に違いない。思い返してみると、はたから見るとつまらない人生だったかもしれないけれど、でもこうして真面目に生きてきて良かった、と柊はしみじみ思った。
 しかし、しかし?柊はふと疑問に思う。この場所は、日本人には出入りが難しい。なら、何故?疑問符がぐるぐる巡る頭で、柊は目の前にいる歌手を見つめた。昔、一世風靡をしたアイドルは今ではテレビで見ることはないが、やはり普通の人よりも遥かに綺麗だ。声も、昔ほど伸びやかさはないものの、けれどやはりプロだった。疑問符が消えないまま、聞き惚れてしまう声に柊はついうっとりとしてしまう。
 柊がうっとりしてしまうのだから、勿論ジェイクも同じなのだろう。柊の肩にもたれ掛り、そして柊の左腕はジェイクにしっかり捕まって動かすことも出来ないほどだった。
「この娘、いい声ね。曲もいいし。今日初めて聞いたけど、ほかの娘たちよりもいいね。また聞きたいです」
「えっ?今日、初めてなの?それに、ほかの娘たちって?」
 極力ジェイクから背を向けていた柊が、その言葉を聞いてジェイクの耳元に顔を近づける。すると、ジェイクも柊の耳元に近寄り囁いた。
「これ内緒ね。皆、ほとんどの有名人は在日ね。だから、暇になった芸能人や昔のアイドル、そして今の有名人もこの街に出入りしてます。皆、ここが一番落ち着くらしいみたいです。まぁ、ここは自由だし、人の目も気にしなくていいらしいですからね。ねぇ、見て、シューゴ?後ろの席にいる人」
 ジェイクがそう言って、堂々と後ろを振り向いた。柊は気が引けながらも、ジェイクに遅れながらゆっくりと振り向く。
 あっ?思わず声が零れた。柊は慌てて口を押え、声を出さないように堪える。
「ね?」
 ジェイクがウインクをして見せた。柊も口を押えたまま、静かに頷いた。
 柊は何を言っていいのか分からなかった。見てはいけないものを見てしまったような罪悪感が、柊を襲う。この場面を週刊誌に言えば、必ず格好の餌食になるだろう。そのくらい異様な光景であり、自分はなんと場違いな場所にいるのだろう、と急に居心地が悪くなった。
 日中、見かけることのなかった有名人。まさかこの街にこれほどいるなんて。ここが密会場所なのか、色々な著名人たちが入り交じり談話や、愛を語り合っているのだった。
「これは内緒ね。僕、シューゴだからこのことを教えたの」
 ジェイクはトロンとした目で柊の耳元近くで囁いたと思うと、柊の耳たぶに甘噛みをした。
 不意打ちを食らった柊は、今まで出したことのない声をあげてしまい、慌てて口を押えた。けれど、タイミングが悪く、曲と曲の間の静かになった時にそんな声をあげてしまったのだから、笑いと冷やかしの口笛が暫くやまなかった。勿論、目の前の特等席で見ていた柊がファンだったあのアイドルにも見られ、柊はいじられるしまつ。人生最後のご褒美が、人生最大のいじめに合うこととなった。というのは言いすぎかもしれないが、けれど暫くの間柊は立ち直れなかったのは事実であった。


作品名:DEAD TOWN 作家名:ミホ