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DEAD TOWN

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 どこでそんな言葉を覚えたのか、男は持っていたグラスを高々と上げ、更に、イッキ!イッキ!と叫んだのだ。
「Hey,Hey」
 笑いながら柊に近寄ってきた若い男が、乾杯を要求する。
 柊は自棄(やけ)っぱちになった。もうどうにでもなれ!と思ったのだ。どうせ、今日で最後だ。今日で、こことはおさらばなのだ。そして、ここにいる皆とも―――。
「イエーイ。今日はとことん飲むぞ〜。分かったか!?野郎ども〜!!!」
 人は、自棄糞になると怖いものである。そして、お酒の力も怖いものだ。急に怖いもの知らずになってしまうのだから。柊はイッキコールに煽られ、マスターが持ってきたなんのアルコールだか分からないその透明な液体を豪快に飲んだ。
「どうだ〜!これが侍魂だ!もうウォッカなんか、平気に飲めるぞ〜。水みたいだぁ〜」
 そう言って、柊は高々に笑った。そして、マスターに御代わりを要求したのだ。
「もう、やめときな。Boyには、ウォッカは無理ね」
「な、なんだよ、マスター。今、ちゃんと飲んだじゃないか〜」
 柊は酔っ払っているのか、マスターにつられ片言の日本語になる。
 マスターは肩を竦め、大きなため息を吐いた。
「今のは、ウォーター。ウォッカじゃないよ。もう酒の味も分かんないんだから、やめときな」
「な、何……?」
 マスターの言葉を聞いて、カウンター席が更に盛り上がる。外人特有のリアクションをしたと思うと、皆が大爆笑をするのだった。
 柊は、急に酔いが回り始める。そして、腰が砕けるようにフラフラとスツールに腰を下ろした。自分はそんなに酒に強くないことを今頃思い出す。と同時に、今更ながら後悔をする。柊の侍魂は、一瞬にして消え失せてしまったのだ。腑抜けな自分は、どこにいても腑抜けだ、と柊は頭を抱えうな垂れた。
 そんな柊をよそに、カウンター席にいる皆は更に盛り上がりをみせた。乾杯をしてるのか、カチカチとグラスの重なる音が暫くやまなかった。
「Hey,Boy!ウォーターだよ」
 マスターがニヤニヤしながら、柊の前にペットボトルを置く。そして、そのまま何も言わずに行ってしまった。
 柊はボーっとした頭で、その遠ざかる背中をただただ追った。意識はハッキリしていた。皆が喋っている言葉もちゃんと聞こえている。なのに、躰がフワフワしていているような感覚が帯びた。手足は痺れ、冷たい。次第に頭も痺れているような感覚がする。だからなのか、躰全体が浮いているような感じがするのは。そう思ったら、今度は吐き気が襲う。柊は必死にそれを抑えるため、水を一気に飲み干した。それでも気持ち悪さは取れない。頭にあった痺れは、徐々に躰に侵食し始め柊の体温を奪う。と同時に、柊の頭に飲み過ぎて酷い目にあったことが蘇る。学習していたはずなのに、何故自分は浅はかな行動をしてしまったのか、と悔いてみるももう遅い話。柊は、二日酔いのあの辛さを思い出していた。
「あ〜、ダメだ……。気持ち悪い……」
 両手で何度も顔を擦った。だからといって、気持ち悪さは緩和されるわけじゃない。そんなことは知っている。なのに、少しでもこの苦しみから逃れたくて柊は何度も何度も同じ動作をする。
「Hey,Boy。吐きたいなら、外ね」
 豪快な笑い声と、茶化すような言葉で誰かが言った。
 分かってるよ!そんなことは!柊はそう怒鳴りたかった。でも今は、そんな気力も元気もない。ただただ気持ち悪くて、でも何故か吐けないでいるこの躰がもどかしい。
「どうした、Boy?さっきの元気は?」
 そう言って、柊の前に透明な液体が入ったグラスとブルーチーズを置いた。
 その瞬間、柊が待ち望んでいたものが込み上げる。うっ!柊は口を押さえ慌てて店を出たその時、ジェイクが愛情を込めて?柊のために作った夕飯が噴き出したのである。悪い、ジェイク。と一瞬思っただけで、あとは気持ち悪さで必死に胃の中を綺麗にした。
「あ゛ぁ〜、ラクになった〜」
 ため息交じりに、柊が呟く。そして、目の前にある吐瀉物(としゃぶつ)を慌てて隠す。
 何年ぶりに吐いたのだろうか。口の中は気持ち悪く、早くうがいをしたかった。柊はフラフラしながら、また店の中へと戻る。そして、勝手にカウンターの中に入り水を探すため業務用の大きな冷蔵庫の中を漁った。
 そんな柊の姿を見て、またカウンター席から笑いが溢れる。マスターは苦笑いをして、何かを呟いて首を振っていた。でも、そんなことは構ってはいられない、とばかりに柊は躍起になって水を探すのだった。

作品名:DEAD TOWN 作家名:ミホ