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DEAD TOWN

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「楽しんでますか?シューゴ」
 ひとり、カウンター席で飲んでいた柊に、ジェイクがしな垂れる。だいぶ飲んでいるのか、ジェイクの目が据わっていた。身の危険を感じた柊は、首に巻きついたジェイクの腕を振り解き隣の空いていたスツールに座らせた。
「あぁ、楽しんでるよ」
「嘘ね。シューゴ、なんか淋しそう」
「元々こういう顔なんだ。それに、俺なりに充分楽しんでいるつもりだよ」
「そう?でも、みんなと一緒の方がもっと楽しいね。シューゴもおいで」
「い、いや、大丈夫だ。ありがとう・・・・・・。ジェイクには悪いが、どうしても、そのぅ…そっちの人達とは…ちょっと肌が合わないらしい。悪い・・・・・・」
 ジェイクに言われるがまま、その人達と飲むとなると今以上に危険は倍に、いや、何十倍、何百倍と身の危険を感じるだろう。死ぬことはないかもしれない。けれど、間違いなく死の一歩手前の廃人となりうるだろう、とそうなった時の自分を想像し、柊は武者震いをするのだった。
「そうですか?残念で〜す。シューゴにも、僕と同じくらい楽しい一時(ひととき)を味わってもらいたかったんですけどね。じゃ、また来ますね」と微笑み、ジェイクは不意のキスを柊の唇にする。そして、フラフラと行ってしまったのだ。
 柔らかな感触が残っていた。久し振りのキス、なのだが、男とはファーストキスになる。余韻に浸っていいものか悩むところだが、その余韻も異色でどうしたものかと持て余した。
 柊は、ジェイクにキスをされた唇を親指で拭った。けれど、男にしては柔らかな唇の感触が不思議と消えなかった。柊は、浅く息を吐いた。そして、ウイスキーの水割りを一気に飲み干す。酔いたかった。何もかも忘れてしまいたかった。この街も。あの女のことも。全て―――。なのに、酔えない。飲めば飲むほど、逆に頭が冴えていくような気がした。何もかも忘れるどころか、どんな些細なことでも漏らすことなく脳が懸命に記憶しようとする。いや、脳だけじゃない。心も、躰も、瞳も、あらゆる場所が必死に覚えていようとする。自分の躰なのに、コントロールがきかなくなっていた。やはり、自分は酔っている。でなければ、まだ混乱しているのだろう。
 柊は、もう一度息を吐いた。そして、置いてあった焼酎の瓶を見て、無性にそれを飲みたくなった。
「マスター?悪いが、焼酎を貰えないか?」
 柊は、ちょうど目が合ったアジア系の男に、空のグラスを渡した。
 男は無言でそのグラスを受け取ると、先に注文されたカクテルを作る作業に戻る。
 柊はふと目をやった先に、誰かが忘れていったタバコを見つけた。そして、それを手に取り、おもむろにくわえる。一緒に置いてあった古びたジッポで火をつけると、深く深く煙を吸った。ジッポ特有のオイルの匂いが漂ったかと思うと、すぐさまタバコの煙が鼻腔を刺激する。久し振りに吸ったタバコは、うまくもまずくもなかった。けれど、どこか懐かしさが込み上げてくるのだった。自分はいつからタバコを吸っていなかったのだろう、と考える。けれど、定かじゃない記憶は途切れたまま思い出されることはなかった。
 時間を掛けタバコを吸い終わったところに、アジア系の男が酒を持ってきた。男は何も言わずに、柊の前にグラスを置くと、そのまま定位置である場所まで戻り洗い物をし始めた。
 サンキュー、と礼を言ってはみたものの、それはストレートのままグラスに注がれていた。飲み方の指定をしなかった自分も悪いが、出来れば氷が欲しかった。辺りを見回しても、氷の入ったアイスペールはなく、柊は仕方がなくそのまま煽ることにした。酒の度数はたかだか20℃程度だろう。酔うにはちょうどいいかもしれない、と思ったのだ。
 んん?な、なんだ、これは?と考える間もなく、ノドが熱く焼け爛れるような感触が襲う。
「み、水を…くれ……」
 柊は、咽(むせ)ながら必死に声を絞り出す。けれど、その声は誰にも届かなかったのか、だれも水を運んでくる気配はなかった。柊は、また声を絞り出す。
「ウ、ウォーター……プ、プリー……ズゥ……」
 そう言って、マスターを見るとカウンターにいる者たちがニヤニヤしながら自分を見ているではないか。柊は、ムッとした。けれど、この状態でムッとしてもどうにもならない。柊は、懇願するような眼差しをマスターに向け、焼け爛れたノドでお願いをする。
「お、お願いだ……。ウ…、ウォーターを……」
 気絶寸前の柊に救いの手を差し伸べたのは、カウンターの隅に座っていたがたいのいい白人の男だった。歳は団塊の世代といわれる年代だろうか、でっぷりと突き出た腹を邪魔そうに座っていた。その男が、ドラマでしか見たことのないシーンを柊に見せる。ペットボトル入りのミネラルウォーターを、器用にカウンターの上を滑らせ柊に渡したのだ。
 柊は助かったとばかりに急いでキャップを取り、水を一気に飲み干した。
「あ、あぁ〜〜。ひどい目にあったぁ〜」
 ため息交じりに、呟く。でも、まだ飲み足りない。ノドが熱かった。けれど、水を求めたとしても確実に貰えるかどうかは分からない。柊は仕方なく、ペットボトルの底にある飲み残した水を搾り出すように啜(すす)った。
 柊は深くため息を吐いた。そして、視線を感じる方へと目をやる。と、カウンター席で飲んでいる皆がニヤニヤしながら柊を見つめているではないか。居心地があまりいいとはいえない場所で更に居心地が悪くなって、柊は空になったペットボトルを握り締めた。だからといって、居心地が悪いのが改善されるわけはない。ただ、何かをして気を紛らわしたかっただけである。
「Hey,Boy!」
 カウンター席に座っている一人が、柊を呼んだ。
 ボ、ボーイ、って……。そんな歳じゃないし……。柊は無視をするわけにはいかず、渋々背けていた視線を自分を呼んでいたであろうその男を探す。
「Hey is it that you? I enjoyed it.(おい、そこの君?楽しませて貰ったぜ)」
 と、また先ほどとは違う人物が笑顔で言う。
「Hey,Boy!」
 最初に自分を呼んだ男がまた柊を呼び、そして今度は親指を立て「Good」と言って豪快に笑った。それにつられ、周りも愉快に笑う。
 柊も一応笑ってはみるが、顔が引きつって上手く笑えなかった。なんだか複雑な気分だった。
「最高級のウォッカはどうだったか?上手かっただろう?度数も最高級だ。日本じゃ、なかなか味わえない代物だ」
 無表情だったマスターが一変して、悠長な日本語でにこやかに話し掛けてきた。そしてまた、柊の前に酒を置く。
 そのマスターの変わりように、柊は狼狽(うろた)えながら返事をする。
「あ……、あぁ……。ま、まぁ……」と返事をしたものの、味なんか分かるわけがない、と柊は思った。今も口の中はおろか、ノドや胃の中は焼けたような熱を帯びているのだから。
 柊は、マスターに出されたその液体を見つめた。さっきとは違い、今度は氷が入っていた。けれど、一度騙されると人は不信感を覚える。だから、口を付けるかどうか悩む。
 なのに、その柊の姿を見た一人の男が、面白がって柊を茶化す。
「Hey,you!イッキ!イッキ!」
作品名:DEAD TOWN 作家名:ミホ