その後の仁義なき校正ちゃん
そのとき、パチンッと指を鳴らすような音がした。
「ちょっと、泣いてみましたー。えへへッ」
校正ちゃんが泣いてる様子をまともに見ることが出来ずに、僕が、あさっての方を向いていた視線を前方に戻すと、そこには、全く見たこともない格好をした校正ちゃん(としか考えられない)が宙にフワフワと浮かんでいた。
ひと言で表せば、鋭い切れ込みのビキニスタイルで男性を挑発する、デンジャラス・バディのフィギュア——どうやら、サイズだけは変えてない——という感じだろうか? 水着は上下とも黒。おまけに、サングラスも黒。ポニーテールに束ねている長めの金髪に結んだリボンまで黒だった。艶やかな肌の白さと好対照で、コントラストを際立たせている。
「……そ、その水着って、さっきの」
目のところはサングラスで隠されているけど、もちろん、鼻も口も耳も首も手も足も、どこもかしこも、サイズ以外は人間そのもの、いや、人間の女性そのものにしか見えなかった。さっき、榊原さんから、校正くんを紹介されたときにオカシイオカシイとは思ってたんだけど、やっぱり校正デバイスの外見なんて、自分の意思で自由に変えられるんだなぁ。
ハメられた。すっかりハメられてしまった。この “身も心も弄ばれている感じ” こそが、僕が校正ちゃんへ向ける全てのモヤモヤの源なんだよなぁ、悔しいけどさ。
「そうよ。このデザインのことを<ホルターネック>って言うのよ!!」
トップスの肩ひもに指をかけて、その部分を強調しながらニッコリ微笑んでいる校正ちゃん。いつもの素っ気なさと比べて、あまりにも魅力的に感じられて、つい胸がドキドキしてしまう。それにしても、いつの間に、あんな格好に変身したんだろう? 何から何まで校正ちゃんのペースに呑み込まれている。
1年も一緒に過ごしてきたのに、今ごろになって初めて知らされることがこんなに色々とあるなんて、ミステリアスにも程があるゾって言うか、いかに僕がマヌケかという証拠じゃないか!
「ついでに言えば、サイズだって自由に変えられるんだけど、大きいままだと何かと非効率でしょ。だいたい、校正作業を進めるのに必要ないわよね。それに、キミは男性だから、あたしがいつもこんな格好してたらさ、仕事になんないでしょ?」
「ということは、さっきの涙も……」
「当たり前でしょ。この間も言ったように、あたしは、キミの感覚器官に働きかけて姿を作り出しているバーチャルな存在なんだから、現れたり消えたり、泣いたり笑ったり、なんていうのも自由自在に出来なきゃ逆にオカシイでしょうに。ある意味、実在の女性なんかよりわかりやすいくらいのモンよね。本物の女子がやってることが演技かどうかなんてナカナカ判断がつかないだろうけど、あたしなんかは、初めから “演技しかしてない” んだからさ!!」
茫然自失。脱力して立ち尽くす僕に向かって、校正ちゃんがダメを押した。
「ホントにキミは、可愛いヤツよね。思わず、頬ずりしたくなっちゃう! あたしの好みでワザワザ選んでんだからさ、これからもずっとヨロシク頼むわよ!!」
僕の胸の中のモヤモヤが、さらに深くなったような気がした……。
——校正ちゃん3・了
作品名:その後の仁義なき校正ちゃん 作家名:ひろうす