ジュラ外伝
議事堂の正面扉から中央会議場まで、直線でわずか五〇エルテ。中央通路の左右には控え室や小会議場、廊下などがあるものの、セキュリティは機械に頼っており、たとえ会期中といえどもそれらの箇所に衛兵などが詰めていることはない。唯一、中央会議場の入り口左右に衛兵が二人、控えているのみだ。彼らは、予告なしに開かれた扉に対してすぐに対応を始めており、扉が開ききるころには槍先端のブラスターをアクティブにし、射線をまっすぐと扉へ向けて構えているはずだった。ところが、それをなす事はかなわなかった。というのも、扉がわずかに開いた瞬間、きらりと光を反射させて飛来した槍が、衛兵の腹部を貫いたのである。うめき声とともに崩れ落ちる衛兵を、同僚は呆然と見つめる。次の瞬間、彼の喉には電磁ナイフが突き刺さり、彼もまたひゅーと喉をならしながら床に崩れ落ちた。
扉が開ききるのを、イリーは柱の陰に身を寄せて待っていた。やがて扉が開くと、彼女は慎重に顔を出し、中の様子を覗いた。そして衛兵二人が倒れているのを確認した瞬間、彼女は扉正面に身を躍らせ、全速力で会議場へと向かったのだった。
議事堂の地下一画にある、警備室。議事堂全域に張り巡らされた各種センサーや監視カメラの情報は、すべてここに集まってくる。とはいえそうそう異常な事態が起こるわけでもなく、詰めている警備員たちはいつものようにモニターを横目で見つつ、談笑しながら過ごしていた。と、そのとき、ふとモニターに目をやった警備員の顔が一変した。
「おいっ!」
突然の声に驚きながら、警備員たちは仲間の一人が指を指しているモニターを見やって、目をむいた。画面には、床に血だまりを作りながら倒れている二人の衛兵の様子が映し出されていた。
「どこだっ!」
突然の事態に戸惑いながらも、そこは訓練された彼らたち、直ちに持ち場につくと、異常の起きた現場を突き止めにかかる。
「中央会議場正面!」
「警報鳴らせっ。防護シャッター作動!」
隊長の指示に従い、ただちに議事堂全館に警報が鳴り響く。続いて、各所に配置されている緊急用の防護シャッターが、重い音響かせながら閉まり始めた。天井からは警報とともに、異常事態の発生を伝えるアナウンスが流れ出す。衛兵たちが、異常発生現場に駆けつけるため、詰め所からどっと走り出てきた。事態は、混乱の度合いを深めていた。
警報が鳴り出したとき、イリーは議場への通路を三分の二ほど残したところにいた。目の前、ちょうど通路の中間地点と、議場の入り口でシャッターが閉まり始める。イリーはすでに感覚のなくなりつつあった足を蹴り出し、全力で正面の扉へ向かって走り続けた。間一髪、シャッターの閉まりきる前に議場正面にたどり着いたイリーは、体全体で扉を押し開けると、議場内に転がり込んだのだった。
「申し上げますっ!」
議場内へ駆け込んできた人物が、声を張り上げた。突然の警報に何事かとざわついていた議員たちが、一斉に声のした方へと顔を向ける。そこには上級公務員の制服に身を包んだ女性が、髪を振り乱していままさに駆け込んできたといった様相で立っていた。議場内を警備している衛兵が、すかさずその不振人物を捕らえようと詰め寄っていく。議員たちの手前、先ほどのような狼藉を働くわけに行かないイリーは、議場中心に向かって歩みながら、再び声を張り上げた。
「第三研究所所長代理、ダ・イリー、申し伝えることがあって参りました。無礼は承知ですが、どうかお聞き届け願いたい!」
「不遜だ!」
「ここをどこだと思っている!」
突然の事態に気を取られて沈黙していた議員たちが、思い出したかのように一斉に騒ぎ立てる。衛兵が、イリーの前後に立ちふさがり、いままさに彼女を捕縛せんとしていた。
と、そのとき、中央の一段と高い席に腰を落ち着けていた国王が、声を上げた。
「待て」
その一声に議場内は静まりかえり、衛兵もイリーを捕縛するのを中断する。
「そなた、いま、何と名乗った?」
「王立第三研究所所長代理、ダ・イリーと申します。陛下」
王の言葉に、イリーが応じる。
「その名には、覚えがあるぞ。確か以前、中央学院を首席で卒業したものだったな」
「恐れ入ります」
イリーは恭しく頭を下げる。学院を卒業してからもう何周期も経つのに、国王がそのことを覚えていてくれたことは驚きでもあり、また感動でもあった。
「そなたのことは、いまだに語り草になっておるよ。今後、そなたに並ぶものはもう出てこないのではないか、とな」
目を細めて話始めた国王を、イリーはしかし、無礼と承知しつつ遮った。
「陛下。恐れながらいまは非常の用件にて参った次第。まずはお話をお聞きいただきたく」
「おお、そうであったな。それでは、申すがよい」
「陛下!」
衛兵や議員たちが、抗議の声を上げる。会議場の警備をくぐり抜けてきた不振人物であるのだから、当然の反応であった。しかし、国王はそれらの異論を手で制すると、イリーに壇上へ登るよう、うながした。
「よい。このもののことは、よく知っておる」
さすがに、国王自らの言葉に異論を唱えるものはいなかった。イリーの前後をふさいでいた衛兵が道を空けると、彼女は中央の壇上へと歩を進め、取り囲む議席を一通り見渡してから、口を開いた。
「国王陛下ならびに会議に出席されている貴族の方々におかれましては、非礼となることを先にお詫び申し上げます。がしかし、非常事態ゆえに寛大な御心にてご対処いただければと存じます」
そして、彼女は持参したキューブを端末へとセットする。議場内の照明が落とされ、中空に宇宙空間に浮かぶ岩石の塊が投影された。そして、映像を再生しながらイリーは解説を始めた。太陽系より遙か彼方、通常ならば何ら意識する必要のない距離を黄道面と平行に飛び去っていくはずだった遊星のこと。ところが、マイクロブラックホールの出現により遊星の軌道が大きく変わり、黄道面にほぼ垂直に近い形で突入してくること。予測された黄道面突入日時には、ちょうど第五惑星の軌道と交差する形で衝突が予想されること。イリーは足の怪我の痛みに耐えながら、以上のことを蕩々と訴えた。
「それが事実だとして」
イリーの説明が一区切りしたのを待って、議員の一人が声を上げた。
「第五惑星とその遊星が衝突したところで、我々と何の関係があるのかね?」
「第五惑星は、連星となっています。このうち、一つは遊星との接触により破壊されると思われます。」
イリーは質問者の方を一瞥して、話を続けた。
「残った惑星ですが、連星の片方が崩壊する影響を受けて、こちらもある程度の破壊が予想されます。しかし、残りは大部分の質量を保ったまま軌道上よりはじき出されるものと考えられます。このはじき出された惑星ですが」
イリーは一度、言葉を切った。
「計算によりますと、九九・九九九九パーセント以上の確率で地球との衝突コースを取るとの結果が出ております」
投影されている映像には、第五惑星の軌道から伸びた矢印が、地球に向かって伸びていく様子が表示されていた。