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ジュラ外伝

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「ありがとう。それで十分です」
 イリーはそう応えると、通話を機内専用に切り替え、操縦室へ指示を出した。
「聞いての通りですので、全速で王都までお願いします」
「了解!」
 その言葉と同時に、事情を考慮しその場で旋回を続けていた機体は進路を一路王都へ定め、全速で目的地への飛行を開始したのであった。

 王都ジュラの空港管制室のレーダーに、通常はありえない位置に輝点が表示されたのは、イリーと管制官とのやりとりが行われてからしばらくたってからのことだった。
「きたか」
 すでに報告を受けていたこちらの管制官は、空域に進入してきた機体を冷静に分析し、シャトル三〇八便であることを確認すると、つぶやいた。
「シャトル三〇八、聞こえるか? こちら王都中央管制塔」
「中央官制へ。こちらシャトル三〇八。よーく聞こえる」
 担当管制官のインカムに、シャトルからの応答が聞こえてくる。
「急ぎの用事らしいが、着陸場所は中央港で大丈夫か?」
 古くから発展してきた王都には、現在三箇所にシャトルの発着場(通常、連絡港または単に港と呼ばれる)が存在する。一番古いものは王宮のすぐそばにあり、現在は王族および貴族専用の港として利用されている。二番目の連絡港は街の発展とともに手狭になった最初の港の代わりとして、最新の、すなわち一番外側の防壁の内側に建設された。余裕を持って建設されたため現在でも十分に利用できるが、その後郊外に発展した居住区への騒音を避けるため、その後さらに、居住区の外へとチューブで接続された郊外に、新たな連絡港が作られ、現在に至っている。いまではこの最新の港を「中央連絡港」または「中央港」、二番目の港を「旧連絡港」と呼んで区別している。用途としては主として中央港が他の都市などへの定期便の発着場、旧連絡港は臨時便や企業の社用便、個人の私用シャトルの発着などに利用されている。ちなみに、計画的に建設された他の多くの都市は、最初から郊外に連絡港を設けているため、王都のようにいくつも港があるといったことはない。
 さて、ここで先ほどの管制官の言葉であるが、通常であれば何も言わずに中央港へと誘導するところなのだが、あえて定期航路を使わずに緊急飛行を行ってきたことから、わざわざ街の外れの中央港ではなく中心部に近い旧連絡港へ誘導しようかという意味を含んでのものであった。しかし、
「ノーブルでは駄目ですか?」
 インカムに入ってきた声は、操縦士ではなくイリーのものだった。さらには、ノーブル、つまり高貴とはその言葉通り、王宮そばの港を表す。管制官はその発言者と内容に二重に驚きながらも、何とか返事を返した。
「ノーブルは無理だ。というより、誰だあんた?」
 さすがに王都の管制官がイリーの声を知っているわけもなく、当然の質問が飛んだ。
「失礼しました。王立第三研究所の所長代理、ダ・イリーと申します」
 イリーは改めて名乗った後、再度先ほどと同様の質問をした。
「それで、ノーブルへの着陸は無理でしょうか?」
「失礼しました。イリー所長代理。で、ノーブルですが無理ですよ」
 相手の立場を知り、管制官の言葉が幾分ていねいになる。がしかし、回答は先ほどと同様、否定的なものだった。しかし、イリーはなおも食い下がる。
「事情は承知しております。がしかし、確か規則上はノーブルへの一般シャトルの発着は認められていると思いましたが」
 確かに、イリーの言うとおり、ノーブルすなわち王都でもっとも古い連絡港の利用法は、明確には定められているわけではない。単に王宮や貴族の居住区にもっとも近いということと、郊外に新しい連絡港が建設されたこともあって、自然と使い分けが行われてきたのがいつの間にやら定着してしまった、というのが現状である。しかし、習慣とはいえ長く続けばそれは一種の決まり事のようになり、いまでは不文律のものとして、関係者に認知されている。それをあえて犯そうなどと考えるものは、少なくともこれまではいなかった。
 返答があるまで、今度はしばらくの間が空いた。
「確かに、規則上は問題ありませんがねえ」
 管制官は、後頭部をボリボリとかきながら応答した。
「でも、貴族の皆さん方が、黙っちゃいないと思いますよ」
 そう、それこそが、懸念される問題だった。代々、この世界では王族とそれを取り巻く貴族たちによって支配が受け継がれてきた。特に、ここ数百年間にわたっては貴族たちが勢力を伸ばしてきており、普段の執政は彼らによって行われているといっても過言ではない。当然、その影響力は大きく、たとえ法に触れなくても貴族たちの暗黙の了解に従うといったことは、さも当然のごとくに一般市民に受け入れられていた。
 さてそこで、先ほどからの交渉に出てきた旧連絡港、いわゆるノーブルの扱いについてである。すでに示したように、法的には一般の市民がノーブルを利用することに問題はない。とはいえ、我が物顔で施設を占有している貴族たちを差し置いて、実際に一般階級のものがノーブルの施設を利用するとなると、貴族たちが一斉に反発することは必至である。また、駐機場には各貴族たちの私物であるシャトルが常時待機しているため、仮に一般のシャトルが利用しようにも、駐機できる場所がないという現実的な問題も待ち構えている。つまり、二重の意味で一般市民がノーブルを利用することは許されざる行為なのである。そして、イリーはといえば、いくら所長代理という肩書きを持っているとはいえ、立場的にはあくまでも一般階級の市民であり、貴族のような特権を持っているわけではないのであった。
「貴族の方たちの苦情はすべて私が対処します。駐機場はアルザード家のところに空きがあると思うのですが、どうでしょうか?」
 イリーに言われて、管制官はノーブルの情報を検索する。と、確かにアルザード家が私用している駐機場に、空きスペースが生じていた。何を隠そう、三研の所長はアルザード家の三男が担当しており、その所長とまったく連絡がつかない状況から、イリーとしてはシャトルでどこかに遊びに出かけていると踏んで確認をしたのだった。果たして結果は違わず、現在同家が占有している駐機場には空きが生じていた。
「確かに、空いてますね。でも、貴族さんの駐機場を勝手に使用したら大変なことになりますよ」
 管制官は、イリーに応じた。管制官としては三研とアルザード家の関係など知る由もなく、当然と言える対応だったが、イリーは平然と対応した。
「かまいません。そこの機体は、うちの所長が私用で使っているはずですので」
 イリーは私用で、というところをことさら強調して、管制官に伝えた。
 彼女の言葉を聞いて、管制官にも思い当たることがあった。星見のお茶会こと三研は、所長からしてだらしないと、もっぱらの噂であった。そもそもが出来の悪い貴族の三男坊を無理を押して所長の座に就けたもので、彼自身は三研の実態はほとんど掌握していないという。また、所長としてあえて積極的に三研の業務に関わり合おうとせず、実務はほとんど所長代理に任せきりにして本人は遊び歩いているというのは、なかば公然の秘密であった。
 合点のいった管制官は、しかし忠告を加えることを忘れなかった。
作品名:ジュラ外伝 作家名:かみやま