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ジュラ外伝

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「三日前、遊星ハ・グーレ、第五惑星のソトカに接触、この時点でハ・グーレはほぼ完全に崩壊、ソトカは質量の八〇パーセントを失ったものと推定されます。同時に、第五惑星ウチモクの地殻が崩壊したことが確認されています」
 画面には四散してゆくソトカと、外殻が剥がれながらもかろうじて形を保っているウチモクが映し出されていた。
「再生を通常速度に戻します」
 オペレータの声が告げるとに、再生速度が通常時間と同期するまでに戻された。同時に、それまで激しい勢いで崩壊していくかに見えた映像はひどく緩慢な動きになり、一見すると平穏な様子が映し出された。その様子からは、先ほど起こった出来事などまるでなかったかのごとく感じられるのだった。
 イリーは忌々しげに、しかし、映像から目を離さずにじっとその様子を眺めていた。
「続いて現時点で判明している、第五惑星崩壊に伴う影響を報告します」
 映像が、惑星の様子から各惑星の軌道図へと切り替わった。いったん、全星系の軌道図が表示された後、第五惑星内の軌道のみがズームアップして表示される。
「現時点で、ソトカの残骸の主要部が第五惑星軌道上をそのまま周回する確率、九八パーセント。なお、残骸の一部は周囲へ飛散しますが、周辺環境に与える影響は軽微と考えられます。また、仮に本星に残骸が飛来した場合でも、大気圏内で燃え尽きるものと思われ、本星への影響はほぼないものと考えられます」
「続いてウチモクですが」
 ここでいったん、オペレータは言葉を切った。投影されている軌道図の第五惑星から、星系の内側に向かって矢印が伸びていく。
「ソトカの崩壊により重力バランスが崩れたウチモクは、第五惑星の軌道を外れたことが確認されています」
 矢印は大きく弧を描き、第四惑星の軌道を横切ってやがて第三惑星の軌道へと到達する。そして、矢印の先端が、折しも軌道上を進行してきた第三惑星と重なった。
「現在の観測によると、ウチモクは軌道を内側に変更。このまま予測進路をとり続けると、第三惑星すなわち本星の軌道と交差するものと思われます。なおその際、ウチモクが本星の近似点を通過する確率が極めて高いものと予測されています。最悪、接触の可能性もあるものと考えられます」
 スクリーンには、ウチモクの予測進路と第三惑星の予測進路が会合する箇所が、不気味に赤く点滅して表示されていた。
 オペレータはそこで言葉を切り、イリーの反応を窺った。イリーは口を固く結んで無言のまま、しばらくスクリーンを見つめていたが、やがてため息にも近い息を漏らすと、オペレータに視線を転じて口を開いた。
「それで、」
 イリーはそこでいったん、宙を仰ぐと言葉を続けた。
「ウチモクと接触するまでの時間は、あとどのくらいですか?」
「現在の予測では、約二周期と目されています」
 オペレータが応えた。
「一年」
 イリーはオペレータの言葉を復唱すると、ぎりっと奥歯を噛みしめた。
 それきり誰もしゃべらず、室内はコンピュータの発する電子音と、ファンや筐体の振動音といった機械音のみが支配する空間となった。
 そのまま、どれだけの時間が流れただろうか。一分、あるいは数秒にも満たなかったのかもしれない。不意に誰かが咳払いをしたのを期に、室内は一気に息を吹き返し、オペレータのやりとりやキーをたたく音、通路を小走りに移動するものといったいつもの、いや、いつもよりもはるかに騒々しい光景が、繰り広げられた。
「いまの情報を、キューブにまとめておいてください」
 イリーもまた、オペレータへの指示を再開する。続いて通信士に向かって、
「所長は?」
と、問いかけた。がしかし、通信士はイリーを振り向くと、黙ったまま首を左右に振って、いまだ所長との連絡が取れないでいることを示した。
 どうしたものか、とイリーは自問する。現状を一刻も早く、王宮へ報告すべきことに疑念の余地はない。かといって、緊急時の連絡用回線は、イリーには使用する権限がない。いや、所内全体でみても、王宮へのホットラインが使えるのは、貴族の爵位を持っている所長のみだ。そしていま、肝心の所長は行方知れずとなっている。かといって、通常の手段で連絡を取るには、最速でも数日の猶予が必要だった。
 イリーは逡巡すると、手元の端末に思いつくだけの施設の情報を素早く入力した。貴族専用のサロン(といいつつ実態は単なる酒盛り場であることは周知の事実であったが)を中心に、狩猟場、射撃場、ダンスホール等々、いわゆる「貴族のたしなみ」と言われるたぐいの遊技ができる場所の一覧である。
 ひとしきりの入力作業を終えると、イリーは館内全体放送のマイクに向けて、言葉を発した。
「手空きのもの全員に告げます。これから転送する各施設に所長がいないか、確認してください。必ず、直接現場へ出向いての確認をするよう、お願いします」
 続いて、各個人の端末に先ほどの施設一覧が伝送される。
「所長を見つけた方は、緊急度SSSの案件につき至急に当研究所へ戻るようお伝え願います」
 イリーの指示を受け、所内で手の空いていたものたちがいっせいに動き出した。間髪を入れず彼女は、手近なオペレータに声をかける。
「キューブの準備は?」
「はい、ここに」
 オペレータが差し出したキューブを片手で遮りつつ、イリーは指示を続けた。
「至急、複製を作成してください。そして、一つを私に」
「もう、済んでいます」
 オペレータは微笑むと、空いた片方の手でもう一つのキューブをかざして見せた。イリーもそれに応えて軽く笑みを浮かべ、オペレータの手からキューブを受け取ると、次の指示を伝えた。
「私はこれから王都へ向かいます。シャトルの準備をすぐに。それと、後のことをお願いできますか?」
「了解しました。シャトルは八番デッキで準備中です。あと三分もあれば、発進可能です」
 まるで先読みしているかのようなオペレータの行動に、イリーは一瞬緊張を解き、顔に笑みを浮かべた。が、すぐに真剣な表情に戻ると、
「ありがとう。それでは、あとのことはお願いします」
とオペレータに伝え、席を外して速めの歩調で通路へと姿を消した。
 イリーが部屋から出て扉が閉まると同時に、誰ともなく深く息をつくのが聞こえた。室内に張り詰めていた緊張感も心なしか緩み、少しばかりのざわめきがあたりを覆う。
「イリー室長も大変ね」
 オペレータの一人が端末の操作をしながら、口に出した。
「室長代理、でしょ」
 近くのオペレータが、その言葉に反応する。
「それはそうなんだけどさ」
 最初のオペレータが、それに応える。
「実質、イリーがここの仕事を取り仕切っているじゃない」
 別のオペレータがクスクス笑いながら、それに応じる。
「本物の『室長』なんて、いつもいないしね。今日もどこで遊んでいるのだか」
「まったく、どうしてイリーが室長にならないのかしら」
 また別のオペレータが、会話に加わる。
「そんなの、決まってるじゃない」
 誰かが、それに応えた。
「『貴族じゃない』から」
 みんなが一斉に、同じ言葉を口に出す。そして、同時に深いため息をついた。
「ああもう、馬鹿馬鹿しいっ」
 誰かが、思いの丈をぶちまける。
作品名:ジュラ外伝 作家名:かみやま