ジュラ外伝
「ナーサ、あまり無理を言うものではありませんよ。ここは陛下にまかせて、私たちは結果を待つことにいたしましょう」
王妃の言葉にナーサは不承不承引き下がった。
「わかりました。でも、事態の解決法を考えるのは構いませんよね?」
「むろんだとも。何かよい知恵があれば、是非とも教えておくれ」
ナーサの言葉に、国王は力強くうなずいた。
そんなわけで議会への出席を拒絶されたナーサであったが、もとより自分が出席する権利を持っていないことは承知していたため、さほど尾を引くことなく次の行動に移ることができた。すなわち、自分なりに情報を精査することから始めようと思い立ったのである。といってもいま現在、王都へあがってきている情報は評議会にて管理されており、王女といえど簡単にはアクセスできない状態にあった。
「というわけで」
自室に戻ったナーサはシロウを呼び出すと相談を持ちかけた。
「何とか情報を手に入れる手段はないものかしら?」
シロウは腕組みをしてしばらく考えていたが、ふと思いついたように顔を上げた。
「今回の情報は三研からもたらされたのよね?」
「そう聞いているわ」
ナーサがうなずくと、シロウは我が意を得たといった感じで手を鳴らした。
「あそこの所長代理とは面識があるわ。問い合わせてみましょう」
そういってシロウは第三研究所へと連絡をとったが、返ってきた返事は王都へ出かけているとのことで、改めてイリー本人の携帯端末に連絡をとってみたもののちょうどそのころイリーは拘置されている真っ最中で、連絡はつかなかったのであった。
「駄目だわ。連絡がつかないわね」
しばらく通信端末をいじっていたシロウは、やがて諦めて端末から手を離した。
「連絡はまた後で試すとして、とりあえずいままでの情報を整理してみましょうか」
シロウとナーサは頭をつきあわせてこれまでの情報をまとめてみた。
一.遊星との衝突により二連の第五惑星のうちウチモクが崩壊。崩壊後の残骸は第五惑星軌道上を周回するものと思われる。
一.第五惑星ソトカは連星が崩壊したことにより軌道を逸れ、地球衝突のコースへと入った。
一.ソトカが地球に衝突するのは一年後と予想される。
一.ソトカ衝突後の地球は全惑星規模できわめて大規模な自然災害が発生し、生命の存在できる環境ではなくなる。
「問題なのは、災害の規模よね」
端末に入力された一覧を眺めながら、シロウはいった。
「報告によれば少なくとも数百年間は影響を避けられないとあるけど、果たして本当なのかしら? 陛……おじさまは何とおっしゃってるの?」
「とりあえず関連機関にデータの検証を依頼しているとはいっていたけど」
ナーサの答えに、シロウは腕組みをして考え込んだ。
「まあでも、最悪の事態に備えておけば安心よね」
シロウは一人、納得したように何度かうなずく。
「えっと、最悪のケースはっと」
データを検索していたシロウは、表示された内容を読み上げていく。むろん、昨日持ち込まれたデータ、ましてや極秘事項扱いのものが公開されているわけもない。有り体に言ってシロウはハッキングを行っていたのだ。もちろん、ナーサとてそのことに気づかなかったわけではない。王宮内から堂々と機密情報にアクセスするなど万が一にも他人に知られたら、たとえ王族といえどもただではすまないことだとわかっていたが、ナーサには好奇心の方が勝っていた。また、こういった行為を行うに当たって痕跡を残さずにことを済ませることにおいては、シロウは全面的に信頼がおけることも事実であった。
「地殻の七十パーセントが崩壊、環境が安定するのに数万年から数百万年が見込まれるぅ? ちょっと、何よこれ!」
シロウの口から悲鳴に近い言葉が上がった。つられてナーサも、表示された内容をのぞき込む。
「ちょっとこれは……」
「想像以上にひどいわね」
二人は顔を見合わせてため息をついた。ことに、ナーサの驚きは格別だった。前日、国王たる父親からしばらく人の住める環境ではなくなると聞いてはいたが、それがまさかこのような規模であるとは夢想だにしていなかったからだ。これでは民衆を助けるどころか、自分が生き延びられるかどうかも怪しいものだ。
しばらく端末を操作していたシロウは、やがて手を休めると深くため息をついた。
「これは報告にある通りね。地上、地下、空中どこに逃げても助からないわ」
大規模な地殻変動を伴う以上地上と地下は当然として、大気中に多量の有害物質が放出されるために空中でも避難場所とはなりえない、というのが報告の結論だった。ナーサとしてはバリアで囲んだ避難地域のようなものを作ればよいのではないかと思ったが、仮にそのようなものを地上や地下に作ったところで地殻変動に巻き込まれた際にどうなるのか予測できないこと、また空中では長期間にわたって重力に逆らって宙に浮く施設を維持するくらいならばいっそのこと宇宙空間に居を構えた方が経済的にも技術的にも理にかなっているのだとシロウにいわれれば、そういうものなのかと納得するしかなかった。
「それにいずれにしたって」
それで救える人数など微々たるものだといわれては、ナーサとしても引き下がるしかなかったのだ。おそらく議会でも宇宙空間への避難を検討しているだろうというのがシロウの予測で、事実、議場ではまさにその通りの議論が交わされていたのであった。
さて、ナーサとシロウが頭を悩ませているさなか、議会では評議員たちがより現実的な方法の模索を始めていた。各種機関に検証を依頼していた第三研究所からの報告結果は、不運なことにいずれも報告内容が正しいことを示すものばかりが届き始めていた。こうなってはもう、最初の報告が誤っていたという希望的観測は捨てざるを得ず、いよいよもって世界の終わりというものを現実として受け止めなければならなかった。シロウの大方の予想通りに宇宙への避難は既定路線として固まっていたが、宇宙船が圧倒的に不足していることが動かざる事実として重くのしかかっていた。
たとえば、ポケット艦というものがある。かつて戦争が起こった際、できる限り短期間に戦闘艦を建造するため、可能な限り設計を簡略化・規格化し、短期間で船を建造するというシステムができあがっていた。今回も同様のことは行えないのかと誰かが発言し、早速検討されることになった。たとえば、避難者を冷凍処置すれば一隻の船でより大量の人員を避難させられるのではないかという意見が出され、それもまた実現できるか検討されることになった。あるいはまた、博物館に展示されているような船や記念艦として公開されている船を動員することや、気密の確保されているもの、それこコンテナのようなものまでを総動員して居住室に改造して宇宙船に取り付けるといった可能性まで模索された。こうした地道な努力が続けられているとはいえ、まだまだ地球の全人口に対して船の数は圧倒的に足りなかった。