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ジュラ外伝

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 難題なのは、これらの課題を一般大衆には知られないように実行することだった。地球が滅びるなどということが知れ渡ったら、どれほどのパニックが起こるのかは想像できない。このため、国王の厳命ですべての事項を極秘裏に行うことが必要であったのだ。とはいえ、いきなり大量の宇宙船を建造するなどとなれば不審に思われるのは道理。いずれ何らかの形で世間に事の次第が知られてしまうことは、避けられ得ぬことだったのかもしれない。
 その日が終わりを迎えるころには議会で今後の大まかな行程がまとめられ、次々に実行に移すように指示が出されていた。二十四時間体制で動き出した議会を辞して国王が王宮へと戻ったのは、もう朝日が昇るまでいくばくかともいえる時刻だった。居間のソファーに体を沈めるように腰を落ち着けると、天井を見上げる姿勢で彼は目頭を押さえ、しばらくその格好のままじっとしていた。彼がその姿勢を解いたのは、ふわっと鼻腔をくすぐる香りがあたりに広がったからであった。見ると、テーブルの上に入れ立てのコーヒーがカップから湯気を立てて置かれていた。
「起きていたのか、ナーサ」
 カップを置いた主を認めた国王は、そう声をかけた。ナーサは軽く頷くと、自らもカップを手にしながら彼の向かいに腰を下ろした。そのまま彼女に問われるままに会議の様子をぽつりぽつりと国王は答えていたが、ナーサの伝えようとしていることが別のところにあることは言外に感じ取れていた。
「ナーサ、遠慮せずにお前の思うことをいってみなさい」
 ナーサはぴくりと肩を震わせると、意を決したようにじっと父の目を見据えて彼に告げた。
「実は、実際の様子をこの目で確認したいのです。お父様、宇宙船を使う許可をいただけないでしょうか?」
 それは危険だ、と言おうとして、国王は考え込んだ。ナーサは母親に似て優しいところがあるが、決して気が弱いというわけではない。心はしっかりとしており、一度決めたことは断固として貫き通す意志の強さを持っている。下手にここで反対しても、黙って飛び出していってしまうことは容易に予想できた。だから彼は、十分に気をつけるようにと諭したうえで、ナーサの行動を許したのであった。
「何が起こるかわからない。戦艦を使うといい。ああそうだ、護衛もつけた方がよいかな」
 そう言い出した国王を前に、ナーサは苦笑して言葉を返した。
「それでは極秘にする意味がありませんよ。私とシロウの二人で行きます。宇宙船も小型の高速艇で十分です」
 国王はその言葉に対して何か言葉を返そうかと思ったが、思いとどまってナーサに告げたのだった。
「そうか。それもよかろう。それで、いつ出立するつもりかね?」
「準備ができたらすぐに。一週間ほどで戻ります」
 そうして国王の元を辞したナーサは、自室に戻るとすぐにシロウを呼び出し、父王の了解が取れた旨を伝えた。すでにこうなることを予期していたシロウは黙って頷くとナーサに伝えた。
「船の手配は済んでいるわ。あと、あなたの荷物もまとめておいた。出立はいつでも大丈夫よ。ただ、」
 そういってシロウは一瞬視線を宙にさまよわせたが、すぐにナーサと視線を合わせると声を抑えて彼女に告げた。
「マイルには、何かしらの事情は伝えておいた方がよいと思うの」
 ナーサは両手をぽんと打ち鳴らしてそれに応じた。
「そっか。それもそうよね。しばらく留守にするわけだし。どうしよう、全部伝えた方が良いかしら?」
 しかし、その問いにシロウは黙って首を振った。
「彼の立場からして全部知っておく権利はあると思うけど、いまはまだ伝えない方が良いと思う。視察……は、いつも同行しているから使えないわね。いいわ。私の個人的な都合に付き合ってもらうってことにしましょう」
 他人ならばともかく、マイルであればナーサとシロウの関係も当然承知している。このため、一週間程度であれば特に怪しまれることもないだろうとの判断だった。
「わかった。じゃあ、そういう風に伝えておくわね」
 ナーサは素直に応じると、マイルへ連絡を取るために通信端末のある部屋へと向かった。

 三日後。ナーサとシロウを乗せた高速艇は第四惑星へと接近していた。眼前に広がる光景に、二人は言葉を発することができずにいた。かつて双子の真珠と謳われた水に覆われた美しい二連の惑星だったころの面影はいまはなく、あたりに漂うのは無残に砕け散った一方の惑星の名残となる岩塊と大半の水が宇宙空間へと飛散したことで赤茶けた地面をむき出しにした、残った惑星の片割れだった。見知った姿とかけ離れたその無残な姿を直視できず、ナーサは思わず顔をそらした。シロウはそんな彼女をちらりと横目で窺っただけで何も言わず、黙々と端末に飛行コースの入力を続けていた。
「ナーサ、そろそろ移動するわよ。よく目に焼き付けておきなさい、もしかしたらこれで見るのは最後になるかもしれないのだから」
 コースのセットを終えたシロウがナーサに声をかけた。その声の抑揚が平坦だったことはナーサを激しく苛立たせ、彼女はシロウに振り返ると、
「ちょっとシロウ、あなたよくもそんなに落ち着いて……!」
と声を張り上げたところではっとなって息を飲んだ。
「シロウ、あなた」
 ナーサはそっと手を伸ばし、シロウの顔を包み込むと両手の親指で彼女の頬をぬぐった。それで、シロウは初めて自分が涙を流していることに気づいたのだった。いくら普段から王族にふさわしい行動をとるように習慣付けているとはいえ、やはりそこはまだ年端のいかない少女たちのこと、目の前に生々しい現実を突きつけられて激しく動揺するのは無理からぬものであったといえよう。二人はしばし、自分たちがどこにいるのかさえ忘れて抱き合ったまま声を上げて泣き続けた。
 先に我に返ったのは、シロウであった。彼女はナーサの背に回していた手を離すと、目元の涙をぐいとぬぐった。
「いつまでこうしていても仕方ないわ。私たちのなすべき役目を果たしましょう」
 ナーサは鼻をすすりながら、彼女に同意した。二人は互いに見つめ合い、うなずくとシロウはセットしたコースへと船を向けた。とたん、目の前の景色が傾き、船は大きく軌道を変える。視界から消えた第四惑星がみるみる小さくなっていく様を映し出すスクリーンを、ナーサはじっと見つめ続けた。自分が生きている限り、この光景を決して忘れるまいと彼女は固く心に誓ったのだった。
 レーダーに反応が現れたのは、進路を変えてから約半日たったあたりだった。泣き疲れて仮眠をとっていたナーサとシロウの二人は、警報に目を覚まして操縦席へと移動してきた。
「見つけた?」
「ええ、間違いないわね」
 ナーサの問いに、シロウは頷く。ナーサは身を乗り出して窓の外を眺めてみたが、そこにはただの宇宙空間が広がっているだけであった。
「肉眼ではまだ無理よ」
作品名:ジュラ外伝 作家名:かみやま