ジュラ外伝
イリーは現状を把握できなかったのか、何度か目をしばたたかせた。そしてようやく言葉の意味を飲み込めたとき、間抜けにも、
「は?」
と口に出してしまったのだった。
イリーの態度が気に入らなかったのか、取調官は露骨に顔をしかめると、
「貴殿はもはや自由の身である。私物をまとめて退去してよし!」
と、改めてイリーに告げた。
「それは、どうしてですか?」」
ようやく頭が回り始めたイリーは、身を乗り出して取調官に尋ねた。彼は渋い表情のまま、それに応える。
「わからん。ただ上からの通達で貴殿を解放するようにとの指示が出されている。本官はそれに従うまでだ」
ああそれと、と、彼は言葉を続けた。
「先ほども伝えたとおり、貴殿には自宅待機するようにとの通達が出ている。近場を出歩くくらいはかまわないが、職場へ顔を出したりはしないようにとのこと。くれぐれも留意するように」
これ以上彼に質問を繰り返しても無駄だと悟ったイリーは、姿勢を戻すと、
「了解しました。それでは本官は退室させていただきます」
と取調官に向かって一礼し、係官に従って自分が留置されていた部屋に私物をまとめに向かったのだった。
さて、警察署の前でしばらくたたずんでいたイリーであったが、やがて我に返ると返還された手荷物の中から通信端末を取り出し、研究所へと連絡をとった。
「所長代理! いままでどうしてたんですか!?」
研究所の所員は開口一番、息せき切ってイリーに尋ねた。
「早く戻ってきてください! いま、色々と大変なんです」
「いや、その件なんですが」
イリーは、所員の言葉を遮るようにして相手に伝える。
「所長と話がしたいのですが、おいでですか?」
「あ、はい。いま代わります」
少しの間呼び出し待ちのメロディが鳴り響いたのち、通話の相手が所長へと切り替わる。
「イリーか。いままで何をしていた。どうして連絡してこない?」
内心イリーは、昨日研究所にいなかった彼にそんなことを言われる筋合いはないと思ったがそれを口に出すことをこらえ、素直に謝ることにした。
「申し訳ありません。ちょっとしたトラブルに巻き込まれまして」
不機嫌そうな所長の声が、彼女の言葉を遮った。
「ああ、言い分けはいい。いますぐ戻ってきてくれ。お前のサポートが必要だ」
「それが、そちらへ向かうことができなくなってしまいまして」
イリーが申し訳なさそうに所長の言葉に応える。
「そちらにも連絡がいっていませんか? 外出禁止令が出ているんです」
「何だと!?」
所長のゲンはイリーの言葉に叫び返すと、自らの受信メール一覧を確認する。問題のメールは、重要度最高の扱いですぐに見つかった。
「何々、貴研究所におかれては所長代理のダ・イリーを当面の間自宅謹慎処分とす、だと? 何だこれは。貴様、いったい何をやらかしたんだ」
「昨日、議会に報告を行う際に少々無茶をしでかしまして」
「何で議会で報告するのにトラブルが発生するんだ?」
所長ののんきともとれる発言に、イリーは声を大にして叫んだ。
「所長は貴族ですから簡単に議場へ入れるでしょうが、私は違うんです! 正式な手続きを踏んでいたらどれだけ時間がかかるか。一刻を争う事態に、そんな悠長なことはやってられなかったんです」
「だいたい、昨日一日連絡がつかなかったのは所長の方じゃないですか! そちらこそ、いったい何をしていたんですか」
イリーの剣幕に、ゲンは思わず身を引いてしまった。
「それはだな、俺にも事情というものがあってだな……」
辟易と応じる所長にイリーはたたみかけるように言葉を告げる。
「連絡先も告げずに一日姿をくらましていたのは所長、あなたです。一刻を争う事態と判断したのでやむなく私が対応しましたが、本来は所長が対応すべき事態だったはずなんです。結果、このような事態になったことは大変遺憾ですが、昨日の時点ではあれが最善の対応だったと思っています」
「基本的なことについてはすべて記録キューブに収めてあります。あとは優秀なスタッフがおりますから、彼らの助けを借りれば当面の業務に支障はないはずです。私の力が必要であれば、早く謹慎が解けるように上層部に掛け合ってくださいませ!」
一気にまくし立てて、イリーは通信を切った。いつも冷静沈着なイリーがこれだけ感情をあらわにするのも珍しい。こっそりと二人の会話に聞き耳を立てていたオペレータたちは、思わず顔を見合わせていた。
「謹慎処分てどういうこと?」
「ていうか、イリー出てこられないの? この大事なときに」
「所長のサポートかあ。面倒だな。ていうか本当に早くイリー復帰してくれないと大変なことになるんじゃない?」
オペレータたちの間で、チャットが飛び交う。そのうち、一人のスタッフが手を上げてゲンに向き直った。
「所長、だいたいの話は聞こえていました。それで、私たちは何をすればよいですか?」 ゲンはしばらく考え込んでいたが、やがて考えがまとまるとオペレータたちに指示をだした。
「俺は上層部にかけあってみる。お前たちはソトカの軌道を監視し続けてくれ。あと、実際の映像を見たいのだが、付近に航行している船舶がいないかあたってくれないか。それと、議会の動向を知りたい。何人かでチームを組んで探ってくれ」
ゲンの言葉を合図に、オペレータたちはいっせいに作業に取り組み始めたのだった。
目が冴えてしまったナーサがようやく眠りについたのは、明け方も近い時間だった。しかし、その浅い眠りもすぐに覚め、いまこうして食堂にて少し早めの朝食をとっている。傍らにはシロウを始めとしてメイドたちが控えていたが、そこに両親である国王や王妃の姿はなかった。ただそれは珍しいことではなく、すでに慣れたよくある光景であった。
昨日知った事態と寝不足という二重の気がかりを抱えたナーサは食も進まず、何とはなしにフォークで皿をつついていた。それを見咎めたシロウが姫様、と声をかけるたびにはっとして行為をやめるナーサであったが、すぐにまた元の行為へと戻ってしまうのだった。そうこうすることしばらく、ついに食事をあきらめたナーサは当番のメイドに一言詫びると、自室へと引き下がった。
身支度を調えたナーサが向かった先は、両親すなわち国王の私室であった。果たして室内では国王と王妃が朝食後の休憩を取っている最中であった。彼女は二人に対して簡単に挨拶を済ませると、国王に向かって話しかけた。
「お父様、これから議会で今後の方針について話し合われるのですよね?」
国王はうなずいて、肯定の意を示した。
「お願いがあるのですが、私も出席させていただくわけにはいかないでしょうか」
いかに王女といえど、まだ成人しておらず評議会に属していない以上、ナーサには議会に出席する権利はない。それは彼女だけでなく、王妃もまた同様だった。
「私も、議論の行く末を見届けたいのです」
食い下がるナーサだったが、国王はそれをきっぱりと拒絶した。
「気持ちはわかるが、お前には出席する権利はない。内容は後で伝えるようにするから、いまは母上たちと過ごしていなさい」
「しかしお父様!」
なおも食い下がろうとするナーサに、王妃がやんわりと声をかけた。