ジュラ外伝
王都からは放射状にチューブと呼ばれる道が延び、その先には大小様々な半球状の建築物がつながっている。この建物は一つ一つが高度に集積された農場や牧場、魚介類の養殖場となっており、王都への食料供給源となっている。この世界では各都市ごとに自給自足を行っているのが特徴で、ここ王都の自給能力では一〇〇万人が適正というのが、先の人口が長いこと変化なく続いているという事実の理由である。
街の中心に位置する宮殿は、中央部の庭園を取り囲むように宮殿が建ち並び、王族を初めとする貴族の重鎮たちが暮らしている。その外側に議事堂や謁見堂などの各施設が配置され、第二の庭園を挟んで周囲を下位の貴族たちの住まいが取り囲んでいる。中央の庭園に立ち入ることが許されるのは、王族とごく一部の貴族たちのみである。中でも庭園中心の園庭は、王族専用の聖域となっており、公務の疲れを癒すために利用される場所として知られている。さて、いまこの園庭のベンチに、一人の婦人が腰掛けていた。第九十九代の王妃にしてナーサの母親その人である。穏やかな日差しの中、手にした端末から空中に投影されていた小説を読んでいた彼女は、近づいてくる足音に気づいてつと手元の端末を操作した。
「陛下」
直前まで小説が投影されていた空間に向かって、彼女は声をかける。と、それに呼応するかのように、灌木の陰から現王その人が現れた。正装しているところを見ると、公務の途中か直後ということらしい。その姿を認めると、王妃はわずかに眉を寄せ、苦言を呈した。
「このような場所でそのような格好をなさるとは、無粋ですわよ」
実際、安息の場所であるこの場に、正装という出で立ちはいかにも不釣り合いなものであった。王は手を軽く挙げてその言葉に応えると、
「その点については詫びさせてもらおう。が、ちと困ったことが起きたものでな」
と言いながら、王妃に軽く目配せした。それを察した彼女は、軽く2回、手をたたいた。すると、どこに控えていたのか、王妃付きのメイドがすっと彼女の横に現れた。
「人払いを」
元より王族専用の園庭であるこの場での人払いとはいかにも場違いな言葉のように思えたが、メイドは表情一つ変えずに深く一礼すると、音も立てずに後ろへと引き下がった。少しして、不平を言う複数の子供の声が聞こえてきたところを見ると、どうやら王子たちが園庭内で遊んでいたらしい。やがてその声も遠ざかり、あたりが再び静けさに包まれて少したったころに、キンという甲高い音とともに、一瞬周囲の空気が青白い色に包まれた。それは、人払いが完了し、さらにはこの園庭という空間が物理的に外周の園庭と隔離されたことを意味していた。今この場にいる限り、どんなに大きな物音を出しても、周囲にはいっさい音が漏れることはない。そればかりか、仮に王都を破滅させるほどの爆発が起きたところで、被害はこの空間内のみで収まるだけの絶対的な結界が、あたりを取り囲んでいた。過剰とも思えるこの対応は、しかし、元より他人の立ち入る余地のないこの場所であえて人払いを行う以上は、当然とも言える措置なのであった。
さて、そうして準備が整ったところで、王妃は改めて居住まいを正すと、
「それで、どうされました?」
と、王に告げたのであった。