ジュラ外伝
時間が限られているとはいえ、今し方もたらされた事実を元にすぐに結論を出すことなど、土台無理な話だったのかもしれない。各自でそれぞれ考えをまとめ、一晩おいた翌日に改めて考えを持ち寄ることにし、議会はいったん休会した。そしてそのまま散会となるはずだったが、一部の議員がイリーの処分を国王に求めたことで、議会は若干伸びることになる。いわく、重大な情報を伝えた行為は評価するが、きちんと手続きを踏まなかったことは問題がある。ましてや議場に入る際に警備員に怪我を負わせたことは看過することができない、云々。彼らは、イリーの厳正なる処分を求めて国王へ詰め寄った。通常であれば、もっともに聞こえた言い分も、非常時となったいまではずいぶんと希薄に響いていた。しかし、議会の伝統と格式を重んじる彼らの主張に同調するものたちも多く、そのまま放置するわけにはいかなかった。そこで国王は、彼らに対して近日中に何かしらイリーへ処分を科すことを約束せざるを得なかったのである。
評議会から戻った国王を、ナーサは訪ねた。そして、災害の内容とその対策について彼へと訪ねた。国王は椅子に深く腰掛けると、大きく息をついた。
「一年後に第五惑星が地球に衝突するというのは、本当らしい」
念のため、ほかの研究機関に再確認させているがと付け加えつつ、国王は答えた。続く彼の言葉によると、衝突によって地表の一部は文字通りに削り取られ、その傷跡は地下深くのマントル層にまで及ぶらしい。そこから巻き上がる大量の岩塊や粉塵は地球全体を覆い、太陽から長い間、それこそ数十年にわたって地表を覆い隠すことで地球全体の気温が下がり、氷河期が訪れるだろうとのこと。そして、崩壊した地殻が復元するまでは、さらに気の遠くなるような時間がかかるだろうとの予測。これらの予測を、国王は淡々とナーサに語った。
「それでは」
ナーサは蒼い顔をして、国王に問うた。
「この地球はどうなるのですか?」
国王は再び長くため息をついた後、姿勢を正してナーサのことを正面から見据えた。
「少なくとも当分の間は、人の住めない世界になるな」
ヒトガ、スメナクナル。予想していたこととはいえ、その言葉は少なからずナーサに衝撃を与えた。
「それでお父様、いえ、陛下はどのようにお考えなのですか?」
あえて陛下と呼び直したのは、娘ではなく臣下の一人として国王の考えを問いただそうという意思の表れであった。それを知ってか知らずか、彼はナーサを一瞥すると、
「いまは宇宙へ逃げ出そうという方向で話が進んでいる」
と答えた。そしてナーサに向かって、お前は心配することはないのだと告げるのだった。
国王が思考にふけろうとしているのだと判断したナーサは、彼の前を辞して自室へと引き上げた。国王は宇宙へ脱出するのだといったが、地球の全人口をまかなうだけの宇宙船がないことなど、ナーサとて容易にわかることだった。ましてや、国王たるものがそれを知っていないはずがない。先ほどは彼女に向かって簡単に宇宙へ逃げるなどと述べたが、それがどれほど困難なことであるのか、それを考えてナーサは思わず身震いした。
「私は一体、どうすれば良いの?」
議事堂内の一室に、イリーは収監されていた。いくら非常事態とはいえ、ルールを逸脱した行為を働いた以上、何らかの処罰が下されるのは半ば予想通りの展開であった。むしろ彼女は、その場で処刑を言い渡されることすら覚悟していたのである。それだけに、このような処遇は、彼女の想定した中ではかなり甘いものだといえた。もっともこれは、一時的な対処で後々改めて処罰が下されることになることは、百も承知であったのだが。いずれにしても、どのような事情があったところで業務から外れていることには違いなかった。だから、イリーは監視員の許可を得て、第三研究所へ連絡をとり後任を託すことを忘れなかった。所員たちには心配をかけぬよう、所用でしばらく戻れないという理由をつけながら。イリーの処遇は、翌日下される予定であった。
こうして、激動の一日は幕を閉じた。平和だった世界は一転し、絶望が目前に口を開けている世界へと変貌した。だが、あきらめることは許されなかった。あきらめることは、そのまま民族の滅亡を意味していたのだから。人々は絶望にさいなまれながらも、わずかな希望を頼りに必死になって生きる術を見つけ出さなければならないのだった。
第X章 廻る議会
激動の一日から一夜明けた第三研究所。所長のダメニン・ゲンは朝から不機嫌だった。。前日、仕事を抜け出して遊びほうけている間に起こった数々の出来事、そしてそのとき現場を離れていたことで厳しく叱責されたことが、理由だった。
「副所長はどうした」
ゲンは、オペレータに不機嫌に問いかける。いっぽう、問われたオペレータはといえば、このようなことは日常茶飯事なので、特に気にすることなく事務的に返事をした。
「今日は朝から連絡が取れません。昨日王都へ出向いたまま連絡がないので、まだ向こうにいるのではないでしょうか?」
ゲンはその答えを聞き、不機嫌さを隠そうともせず舌打ちした。
「では誰か、状況をまとめて説明してくれないか?」
オペレータたちは目を合わせて確認しあうと、代表して年長のものが回答した。
「報告のキューブがあがっていたかと思いましたが」
一瞬ゲンは言葉に詰まったが、すぐにコンソールをたたきつけると怒鳴り散らした。
「キューブは後で確認する。その前に、現状を簡潔に報告しろといっているんだ!」
年長のオペレータはこっそりとため息をついて所長へと向き直ると、昨日の出来事を報告した。
「遊星との軌道交差により破壊された第五惑星ですが、連星の一つは完全に崩壊、残る一つが軌道を逸脱し、現在地球との衝突軌道に載っていることが判明しました。地球との接触時期はおよそ一年後と予測されています。予測される被害の規模はきわめて甚大、少なくとも生あるものが地表で生き延びることは不可能と思われます。なお、副所長は以上のことを報告しに王都へと出向いております。以上です」
報告を聞いたゲンは、ふんと鼻を鳴らした。
「星がぶつかってくるだと? 馬鹿も休み休みいえ。第一、それが本当ならばお前たちの態度を説明してみろというんだ。地球が滅びるというのに、どうしてそんなに落ち着いていられるんだ」
そこで初めて、オペレータの表情に感情が浮かんだ。
「泣いて叫んで、それでどうにかなるならばとっくにそうしています! でも、どうにもならないじゃないですか」
実際、一昨日にこの事実が判明した際には、所内はちょっとしたパニックに陥ったのである。そこを、先ほどオペレータが放った言葉と逐一同じように語ってみんなを落ち着かせたのは、ほかならぬイリーその人であった。まだ一年もある、その間に助かる術も見つかるかもしれないから、いまは気を落ち着けて通常通りの業務を遂行するようにと、彼女は皆を諭したのだった。
思わぬ反撃を受けたゲンはぐっと言葉に詰まった。何か反論する言葉を探して顔を真っ赤にしながら口をぱくぱくさせる様は、まるで陸に上がった金魚のようだとオペレータの一人は感じた。