ジュラ外伝
一通り話を聞いたシロウは、天を仰いで絶句した。これが冗談であるならばと願わずにはいられないが、ナーサはあまり冗談を言うことはないし、ましてや人の不幸をネタにするようなことは絶対にしないことは、シロウは百も承知だった。
「それでね、シロウ」
ナーサは、シロウの様子を窺いながら、話を続ける。
「あなたなら、どうするべきだと思う?」
「え、私?」
思わぬ問いかけを受けて、シロウは狼狽する。
「そうね」
しばし思案したシロウは、一つの結論にたどり着き、それをナーサに伝えた。
「私はまず、自分が生き延びることを一番に考えるべきだと思う。すべては、命あってこそなるのだから。後のことは、助かってから考えればいいわ」
「へえ」
と、ナーサは感心したような反応を見せた。その反応に違和感を感じたシロウは、
「そういうあなたはどうなのよ、ナーサ?」
と、ナーサに問いかけた。
「私? 私は……」
そしてナーサは、マイルに告げたように臣民を救いたいのだということを、シロウに伝えた。
「それでね、シロウ。あなたの意見を聞かせてほしいの」
ナーサの言葉に、シロウはしばし目を閉じて考え込んだ。
「あくまで、あたしの考えだけど」
そう前置きして、シロウは言葉を続けた。
「さっきもいったとおり、あたしはやはり自分を第一に考えるべきだと思う。あなたの考えは立派だし正しいのかもしれないけど、自分が助かるのかどうかもわからない以上、いまはそんなことまで考えても無意味だと思うの。臣民だろうが自分自身だろうが、生き延びる方法に違いがあるわけではないと思う。自分が助かるすべが見つかれば、それは自然と臣民が助かる道へとつながるのじゃないかしら?」
ナーサは真剣にシロウの言葉に耳を傾けていたが、彼女の言葉が終わると合点がいったかのように何度もうなずいた。
「そっか。確かにその通りよね。みんなを救うとかいっても、自分が助からないと意味ないわよね」
それに、生き延びた後に民衆を導くことも必要だしね、と、ナーサは付け加えた。しかし、それを聞いたシロウは眉をひそめると、ナーサのことを軽くたしなめた。
「その考えは捨てた方がいいと思う。確かにいまは、あなたたち王族を筆頭に貴族たちが、民衆のことを治めている。でも、さっきあなたがいったような天変地異に襲われたとき、いままでの立場が通用するとは限らないもの。もしかしたら、あなたが民衆に助けられるようになるかもしれないのよ」
シロウの言葉に、ナーサはしばしぽかんと惚けた表情を浮かべていたが、やがて我が意を得たかのようにうなずくと、
「そんなこと、考えたこともなかったわ。でも、確かにシロウのいう通りなのかもしれないわね」
と、つぶやいた。やはり、シロウに相談して正解だった。私一人で考えていたところで、このような可能性には決してたどり着かなかったに違いない。
ナーサがシロウに相談を持ちかける少し前。議場では、喧々囂々の論争が行われていた。議題は、来る大災害を前にしてどのように対処するのかということについて。当初、単に近づく第五惑星を破壊すればよいのではないかと楽観的に始まった議論は、しかし星一つを破壊することがどれほど困難なのかという事実を知るにつれだんだんと悲観的な様相を呈し始めていた。ひとつだけ確かなことは、いまあるすべての武力をもってしても、惑星規模の飛翔体に対して与えられるダメージなどたかがしれているということ。これに対して、いまからでも惑星を破壊できる兵器を開発するように主張するもの、そのような手段を持ったところで、将来的に地球そのものに対してその兵器を使おうとするものが出てこないとは限らないと強弁に反対するものとの対立がしばらく続き、とにかく火急の事態とのことで物事の是非はさておき、惑星を破壊する方法を早急に模索するということに決まったのが少し前。その後、次善の策として災害から身を守る方策についての議論に移ったのだが、これが場の混乱をいっそう大きなものとしてしまった。
実際問題として、地上や空中に作ったシェルターに避難する程度では、最低でも数百から数千年にわたって続くと見られている災害の後遺症から逃れることは困難だと予想された。地殻規模での大規模な破壊が予想される地上はいうに及ばず、空中に至ってさえ、巻き上げられる多量の岩塊と長期にわたって浮遊する粉塵の影響から逃れられる道理はなかった。残る手段は宇宙空間への脱出が考えられたが、この方法は技術的にはほぼ問題ないとはいえ、地球の全人口を避難させるには圧倒的に宇宙船が不足していることがはっきりしていた。何しろ、地球上の総人口は現時点で五億五千万人。宇宙船は大小様々あるとしても、平均して一隻あたり五千人を収容できるとして、地球圏外へ離脱できる能力を持つ船は最大限に見積もっても三百隻。避難できる最大数は百五十万人というのが現状なのだから。
ことここに至って、急ピッチで宇宙船の建造を進めることが提案され満場一致で承認されたが、今後一年間で建造できる船の数など、焼け石に水程度であることは明らかだった。事態は刻一刻と、誰もが避けたいと思ってきた、避難対象の振り分けについての議論を開始する時期に近づいていた。助かりたいのは誰もが同じ。しかし、それを声高に主張するのは立場上はばかられたし、そもそも一年後に地球が滅ぶことなど、誰もがまだ実感していなかったのである。しかし、いつかは通らなければならない道のこと、国王が議題として取り上げたことで一気に議論に火がつき、議場は大荒れに荒れることとなった。
まず最初に挙げられたのは、貴族たち支配階級を最優先に避難させるという案だった。一口に貴族といってもその程度は様々、末端まで含めれば、その数は三百万とも四百万ともいわれている。当然、そのすべてを避難させることはかなわないが、それでも評議会に出席するような上流階級に属するものたちは助かる計算であった。これに対して、貴族たちの避難は最小限に抑えて一般大衆を優先すべきという意見が出された。これは一見、自己犠牲精神に富んだ立派な提案に思えたが、案を出したものにすればいずれにしても現在評議会に席を連ねる自分たちは当然に助かるのだろうという思いとともに、被支配者たるものたちがいなければ自分たち貴族階級の存在価値がなくなってしまうという危惧があったことも確かであった。いずれにしても、どちらの意見を支持するにしても、少なくとも評議会にいる自分たちは助かって当然だという考えがあったため、今ひとつ議論に真剣味が足りないことは否めなかった。それでも双方の主張は他の評議員たちを巻き込んで、議場内は論戦の嵐が繰り広げられることとなった。そのうち、災害の規模を過小に見積もって地上で避難することを主張するものも現れ始め、議論は収束するどころか余計に広がる一方だった。