ジュラ外伝
第二章 波紋
「ナーサ、これから大切な話があります。心して聞くように」
王宮へ戻ったナーサは、休む間もなく王妃の元へと呼び出された。そして、この世界に降ってわいた災厄について告げられる。
「それで」
話を聞き終わったナーサは、真っ青な顔をしながら問いかけた。
「お父様は、どうなさるおつもりなのですか?」
だが、王妃は黙って首を横に振るばかりだった。
「それをいま、議会で議論しているところなのです」
いずれにしても、と、王妃は続けた。
「不用意な発言や行動は控えるように。王女としての自覚を強く持つのですよ」
そうして王妃の居室を辞したナーサは、通路で呆然と立ちすくんでいた。無理もない。いまのいままで平穏だった世界が、不意に突然、ごく近い将来に失われると告げられたのだから。しかし、考え事にふけるには、いささか場所が悪かったようだ。
「……様。姫様!?」
声をかけられていることにしばらく気づかなかったナーサは、驚いて反応した。
「あ! な、何かしら?」
「どうかされましたか?」
王宮付きのメイドにそう問われ、ナーサは改めてここが通路であることを思い出した。先ほど、王妃から言動に注意するようにと言われたばかりであることを思い出し、内心焦りながらもかろうじて返事をした。
「いえ。何でもないわ。仕事を続けてください」
「顔色が悪いようですが」
それでもメイドは、怪訝そうな表情で問いかけてくる。
「大丈夫。少し立ちくらみがしただけです。もう直ったから気にしないで」
ナーサはそう取り繕うと、メイドが何か言い出す前にそそくさとその場を後にした。
部屋に戻ったナーサは、ベッドに身を投げ出すと仰向けになって天井を見上げながら、大きくため息をついた。
「世界が滅びる、ですって?」
そして、先ほど王妃から伝えられた内容を反芻してみる。ことが大きすぎるためいまいち実感はわかないが、その意味することは十分に理解できた。文字通りに降ってわいた災厄に、王女として自分はいったい何をしたらよいのだろうか。あまりに突然すぎて考えをまとめるにはまだ至らないが、それでも一つだけはっきりとしていることがあった。それは、臣民を守るということ。具体的な方法などは、見当もつかない。だが、王女としてこれだけは守り抜こうとナーサは決意するのだった。
ひとまず考えをまとめたナーサはベッドから滑り降り、手早く身支度を調えると通信端末に向かい、マイルを呼び出した。
「やあ、ナーサ」
ナーサからの連絡を待っていたのか、マイルの姿がすぐに端末上の中空に浮かび上がった。
「一体、何だったんだい?」
王都へ戻ってすぐ、ナーサのみに用件があるということで屋敷へと戻っていたマイルは、気が気ではなかったのだろう。開口一番、ナーサに事の次第を問いかけてきた。
「それがね、大変なのよ」
そう言いかけてナーサは一瞬、先ほどの内容をマイルに伝えてもよいのかと思案を巡らす。がしかし、現在議会で論議中とのこと、マイルの耳に入るのも時間の問題と考え直し、これまでの経緯を彼に伝えた。
「うーん」
話を聞いたマイルは、腕を組んで考え込む。
「途方もない話で正直ぴんとこないのだけれど」
そう前を気をして、彼は言葉を続けた。
「それでナーサは、どうするつもりなんだい?」
問われたナーサは、迷うことなく応える。
「私の役目は決まっているわ。臣民を守る、これが王族に課せられた使命よ」
しばらく黙ってナーサの言葉の意味を噛みしめていたマイルは、やがて口を開くと次のように述べた。
「その考えは非常に立派だと思う。けどナーサ、そもそも僕たちですらどうなるのかわからないのだろう?」
そのような状況で、果たして他人のことを気遣う余裕があるのか疑問だと、マイルは告げた。その疑問に、ナーサは黙ってうなずく。
「確かに、その通りだわ。私自身、もしかしたら助からないのかもしれない。でももし仮に助かる方法があるとしたら、その方法を使って少しでも臣民を助けることが、私に課せられた使命だと思うの」
そう言い切るナーサの瞳に、いささかの迷いもないことマイルは見て取った。
「わかった。僕にできることがあったら、何でもいってくれ」
「ありがとう、マイル。頼らせてもらうわ」
ナーサは軽く微笑むと、通信を終了した。
マイルへの連絡が済んだナーサは、しばらく通信端末の前で頬杖をついて何を考えることなく、ぼーっとしていた。第五惑星が地球に衝突するというが、その前に惑星を破壊することはできないのだろうか? 「ナーサ」に限らず、強力な武装が自慢の船が何隻もあるのだから、そのくらい可能ではないかと安易な期待が頭をかすめる。が、そのようなことが可能であれば、そもそも騒ぎになどなってはいないだろう。まったく、とナーサは思う。普段、散々武装の必要性を説いていた連中に文句の一つも言ってやりたい気分だ。結局のところ、一番必要とされるときに何の役にも立たない兵器に、いったい何の意味があるのだろうか。
そうはいっても、いまはそんなことに気をかまけている場合ではない。ナーサはそれまでの考えを振り払って改めて考えようとしたが、所詮一人ではよい考えが浮かぶわけもない。そうだ。シロウに相談するのは、どうだろう。
結局、王都に戻ることにしたシロウの判断は正しかった。とはいえ、途中でナーサたちの機体がいないかと注意しながら飛行を続けたため、実際のところ王都へ帰着すしたのはナーサたちよりかなり遅くなってからのことだった。その場で、すでにナーサたちが帰着していることを知ったシロウはようやく安堵し、飛行服から着替えて自室へと戻った。ナーサがシロウの部屋を訪ねたのは、ちょうどそのときであった。
「姫様!」
シロウは驚いて、声を上げた。
「二人の時は、名前で呼ぶようにいっているでしょう?」
ナーサが恨めしそうな表情で、シロウをたしなめる。立場上、人の目のあるところでは身分の差をはっきりとさせることを受け入れているが、本心ではナーサは特別扱いされることを嫌っていた。まして、シロウとは従姉同士であるうえ、わずかとはいえナーサより年上である。二人きりの場合はナーサは呼び捨てにされることを望んでいたし、またシロウのことを「姉様」あるいは「シロウ姉様」と呼び慕っていたのだった。
「あ、ごめんなさい。驚いたものだから、つい」
シロウは、素直に自分の非を詫びる。ナーサはまだ何か言いたそうな顔をしていたが、シロウがすぐに引き下がった以上、この話題は切り上げるべきだと考え直して言葉を飲み込んだ。
「それで、何かあったの、ナーサ?」
ナーサに席を勧めながら、シロウはナーサに問いかけた。それは、マイルとのデートを途中で打ち切って急に城へと戻ったことと、前触れなくシロウの部屋を訪れたナーサの行動についての二つの疑問を含んだ質問だった。
「それがね、聞いてよ」
薦められるまま、席に腰を落ち着けるやいなや、ナーサはシロウに向かって語りかけた。そうしてナーサは、これまでのいきさつをシロウに語った。
「何てことなの」