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ジュラ外伝

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 ナーサは二人から離れると、床に散らばる配線などを避けながら窓際へと向かった。窓からの光景は、左右にドックの外壁を望み、前方には渓谷の下流域と気持ちのよい青空が広がっている。その一方で視線を下にずらすと、広い甲板の上にはナーサを悩ませている砲座が居を構えているのだった。上空から眺めるよりもはるかに存在感を増したその兵器を間近にして、ナーサは改めて嘆息する。そして、自分が王位を次いだ折にはこういった悪しき慣習を何としても止めさせようと、決意を新たにするのだった。
 主任の案内に聞き入っていたマイルは、ナーサがそばにいないことに気付き視線を周囲に走らせた。視界の隅に見つけた彼女は、こちらに背を向け外の様子に見入っているようであった。その様子を見て取ったマイルは主任の言葉を手で遮ると彼女の後ろ姿にそっと歩み寄り、黙ったままその隣に並んだ。そして、彼女の気持ちをわかった上で、あえて次のように述べるのだった。
「壮観じゃないか」
 その言葉にナーサは少しの間マイルの横顔を見つめ、無言のまま再び視線を外へと戻した。その様子を物足りないと感じたマイルは、手を大きく振り上げると思い切り強くナーサの背中を叩くのだった。
 ぱん、という音と同時に、ナーサがきゃっと悲鳴を上げる。
「もうっ、マイル!」
 叩き方が強すぎたのか、少し涙目になりながら彼女が抗議の声を上げた。
「ははっ。でも、元気がないのは君らしくないよ」
 ナーサの抗議を軽く受け流し、マイルは笑顔で応対する。その軽い調子に、ナーサは胸のつかえが取れていく思いがした。振り上げた片手をマイルに押さえられたまま、彼女は額を軽くマイルの胸へと当てた。
「ありがとう。マイル」
 本当はしばらくそうしていたかったが、所長の手前、ナーサはその言葉だけを告げるとそっとマイルから体を離した。そして再び砲座を見つめると、マイルにも聞こえないような小声でつぶやいた。
「私は、決して使わない」
 決意を新たにした彼女は、再び同じ場所を振り返ることなく、窓に背を向けるのだった。

 その頃、一足遅れて到着したシロウは、駐機場脇の待機室にて小休止を取っていた。シロウはその立場上、本来の所属を明かすことは滅多にない。今回もまた、赴任先へ向かう途中の下士官という身分を偽って、ドックの一画に身を落ち着けている。とはいえ、実のところ下士官という身分は「正規の」ものであり、シロウは必要に応じて使い分けられるよう、いくつもの資格や身分を掛け持ちしているのだった。だから、仮に彼女の所属を疑問に思って所属元へ問い合わせを行われたとしても、いっこうに問題なかったのである。
 そんなわけで難なく当座の居場所を確保したシロウは、のんびりと窓越しにナーサたちが出発するのを監視するつもりだったのだが、どこにでもお節介焼きという人種はいるものである、シロウにあれこれと世話を焼こうとするものが現れ、彼女を煩わせるのであった。
「へえー。するとミラン上等兵曹は、ヘンキョーにお越しなんですか?」
 好奇心丸出しで質問をぶつけてくる整備員に、シロウは引きつった笑みを浮かべながら応対していた。
「ええ。しばらくの間ね」
 ちなみにミランとは、シロウが持つ偽名の一つである。
「あそこは何もないっていいますからね。お努めも大変なんでしょうね」
「ええ。そ、そうね」
「私もね、友人の親戚がヘンキョーに赴任しているんだけど、話を聞いていると休みの日とかに何もすることがなくて、つまらないみたいですよ」
 シロウを圧倒する勢いで、整備員は語り続ける。
「そうなの。それは大変そうね」
 引きつり気味の笑みを浮かべながら、シロウが返事をする。しかし、相手はその様子に全く気づかず、会話を続けた。
「だからね、どこか他の街に遊びに行くんですけど、あそこはどこからも離れているでしょう。それも一苦労するらしいですよ」
「その点、上等兵曹はご自身でシャトルの操縦ができますから、移動は幾分楽ですよね」
「上等兵曹は、休日とかはどうされるつもりなんですか?」
 矢継ぎ早に繰り出される話題に、シロウは半ばあっけにとられながら応対していた。彼女は内心、自分の失敗を反省していた。このまま話し続けられていると、ナーサたちがこの地を経つところを見過ごしかねない。こうなる前に、最初の段階で何かしら理由をつけて話題を絶っておくべきだったとも、思う。しかし、いまや機を失したのは明らかだった。整備員は饒舌にしゃべり続け、その話の腰を折ることは一筋縄には行かないように感じられた。シロウは、話に適当に相づちを打ちつつ、できる限り外の様子を監視するべく努力するのだった。

 艦橋を後にしたナーサたちが次に向かったのは、船の中枢を司る動力室だった。通常、船を建造する場合、その船の動力炉からの動力を利用して工作機械を動かす。このため、最初に動力炉を据え付けるのが常だった。「ナーサ」の場合も多くの先例に従い、動力炉を含むブロックが真っ先に建造された。そのため、まだ未完成で殺風景だった艦橋とは異なり、一通りの設備も完成している動力炉には作業員が大勢詰めており、活気のあふれる場所となっていた。
「まあ」
 中二階から階下に広がる動力室の様子を見て、ナーサが声を上げた。口に出すことはしないが、マイルも内心、室内の様子に感嘆を感じていた。先ほど見てきた艦橋が寂しかっただけに、余計に活気のある室内がまぶしく見えたのかもしれない。ともかく、ナーサとマイルの二人にとって、この場所はたいそう賑やかに映ったのだった。
「いまは試運転もかねて、工作機械に電力を供給しています」
 所長の説明が続いていた。いわく、「ナーサ」の動力炉は安全を見越して既存の技術を使うか、将来性を重視して最新の技術を投入するかで議論が行われたこと、その末、最新技術をふんだんに盛り込んだいわば実験炉とでもいうべき炉が、「ナーサ」に導入されたこと、これにより、炉の寿命というものがほぼなくなり、理論上は半永久的に動力を供給することが可能となったこと。そんな技術的な説明を、ナーサはよく理解できないまま、そしてマイルは興味深そうに聞くのだった。
 そんな折、作業員たちの間でちょっとしたどよめきが起こった。ナーサに気づいた作業員の一人が周りに伝えたことで、一斉にその情報が彼らの間を駆け巡ったのだ。そのことに気づいた所長は、士気を高めるためにもナーサに簡単な言葉を述べてもらいたいことを伝え、彼女は快くそれを了承した。
「総員、作業やめ。ただいま王女殿下がお越し遊ばれている。ついては、殿下より直々にお言葉を賜りたいと思う。みな、謹んで拝聴するように」
 その場だけでなく、全艦放送で呼びかけると、所長はナーサと交代した。
「皆のもの、大儀である。此度は我に名を連ねる本船の建造作業に携わり、まことにご苦労。皆のたゆまぬ努力のおかげで、こうして本船の完成を間近にすることができ、我も非常に心躍る心地である。完成まであと少し、これまで同様に作業に邁進してもらいたい」
作品名:ジュラ外伝 作家名:かみやま