ジュラ外伝
その言葉にメイドは恭しくうなずくと、その身を再び茂みの奥へと隠す。しばらくして、不平を言う子供の声が聞こえてきたが、やがてその声も遠ざかり、あたりはしんと静まりかえった。
「それで、どうされました?」
国王に向かいの椅子を薦めながら、王妃が訪ねた。
「実は、この星が破滅するとの報告があった」
「まあ」
王妃は、まるでその言葉が日常の挨拶であったかのごとく、驚きを見せることなく受け応えた。
「こんな馬鹿げた話を信じるのか?」
国王の言葉に、王妃は微笑みながら応じる。
「陛下のおっしゃることですから」
だから、信じるのだと王妃の瞳は語っていた。国王はその瞳からつと視線を、周囲の景色へと向けてつぶやくように述べた。
「あと、二周期後だそうだ」
「まあ。それはそれは」
王妃は相変わらず、端で聞いていると人ごとのように聞こえる口調で応じた。しかしそれが、単に呑気なわけではなく周囲の人を落ち着かせるための行為なのだと言うことを、国王は長年の付き合いから理解していた。
「それで、陛下はどうなさるおつもりですか?」
王妃の問いに、国王は顔を覆ってため息をついた。
「わからん。まったくわからんよ。これから議会で話し合うことになるだろうが」
そして国王は改めて王妃のことを見つめ、意見を聞かせてほしいと問いかけた。
「臣民を守るのは王家の、いえ、貴族の義務です」
答える王妃の言葉に、迷いはなかった。国王はしばらく黙っていたが、やがて力強く頷くと言葉をはいた。
「……そうだな。その通りだ」
仮に星全体が居住に適さない状況に陥ったとして、国民すべての生命を守り通すことはとうてい不可能であることは自明だったが、二人ともあえてそのことを口にすることはなかった。あるいは、口にしたことでその事実を認めてしまうことになるのが、怖かったのかもしれない。
しばらくの間、二人の間を静寂が支配した。不意に王妃が手を打って、国王に話しかけた。
「そうだわ。陛下、お茶などいかがかしら?」
物思いにふけっていた国王は現実に引き戻され、それに応じようと思ってふと時計に目をやると、考えを改めた。
「いや、遠慮しておこう。じきに会議が始まるからな」
そういうと、国王は席を立った。
「邪魔をしたな」
そういって去っていく国王を、王妃は黙って見送った。やがて国王の姿が見えなくなると王妃はメイドを呼び出し、外出中の王女、ナーサを呼び戻すように告げると人を遠ざけ、深く考えに浸るのであった。
国王が休会を宣言してから二サル後、再び議場に評議員たちが集まってきた。ほどなく、国王その人もまた議場に姿を現す。やがて銘々が席に落ち着きざわつきが収まってきたころを見計らって国王が議会の開催を宣言し、迫り来る驚異に対する対策を検討する舞台の幕が開けた……はずだった。
「恐れながら、陛下」
一人の評議員の言葉が、のっけから会議の流れを遮った。国王に続きを促され、彼は言葉を続ける。
「此度の情報をもたらしたもの、ダ・イリーと申しましたかな? このものについての処遇をご決断願いたく」
「というと?」
国王が応じる。
「かのものは貴族院に席を連ねないにも関わらず、先の会議へ割り込んでくるという愚挙を犯しました。それだけならば緊急事態ゆえやむを得ないと言いたいところですが、さにあらず。議場内に立ち入るために警備員四名に重軽傷を負わせたとの報告を受けております。これは、とうてい看過できませぬ」
「ふむ」
国王は、その言葉にしばし考えを巡らす。
「それは、そなたの意志か?」
「いえ、我々の総意であります」
国王の問いに、間髪入れずに議員が応じた。他の議員たちも、起立して同意の意を示す。その様子を見て取った国王は、諸手を挙げて彼らの意見に従う意志を表した。
「あいわかった。それでは追って沙汰あるまで、かのものを謹慎処分といたす。異議のあるものは申し出るがよい」
イリーを告発した評議員としては内心、処分が甘すぎるとの思いはあったが、これ以上の追求をして彼女をひいきしている国王の心証を悪くすることもあるまいと考え、この場はあえて黙っていることを選択した。それに、国王自身の口から彼女を処罰するという確約が得られた以上、三研を率いる貴族を陥れるという当初のもくろみは達成できたわけで、これ以上話題を長引かせる理由もなかったのである。かくして、国王の宣言に異議を申し立てるものもなく、会議はそのまま災害に対する今後の方策を決める舞台へと移っていったのであった。
それより少し前。ケイ・コック地方の入り口にほど近い〇番ドック。その上空をゆっくりと旋回する一つの機体があった。機体の横にマーキングされた紋章は、それがオルドヴィスと呼ばれる上級貴族が私的に持つことを表している。搭乗するのは、オルドヴィス家の嫡男マイルと王女ナーサ、婚約中と伝えられる二人であった。
斜めに傾いた機上からドックを眺めながら、マイルはナーサに声をかけた。
「ご覧よ、ナーサ。君の船だ」
マイルに促され、ナーサは眼下の光景に目をやる。そこには、ナーサの成人の儀にあわせて建造中の宇宙船がその身を横たえていた。外観はほぼ完成し、現在艤装作業の真っ最中であるその船は、やがて主となるものと同じナーサという名を与えられている。ほかの船よりひときわ大きく優雅な姿を持つ船は、しかしその姿とは裏腹にきわめて強力な武装が施されていた。権威の象徴であるだけに当然の措置ではあるのだが、ナーサはそれが気に入らない。だからナーサは、マイルの言葉に次のように応えるのだった。
「綺麗な船。でも、私は好きになれないわ」
その言葉にマイルは、ナーサの顔ををまじまじと見つめる。
「それは、仕方のないことだよ。ナーサ」
マイルは、これが何度目の会話になるだろうかと思いつつ、ナーサに声をかけた。
「民を守るためにも、武装は必要だよ」
その言葉に、ナーサはきっとマイルをにらみつけた。
「守る? いったい、何から守るっていうの?」
ナーサの言葉通り、ここしばらくの間、世界はすっかり平和であった。時折、時の体制に不満を持つものたちが実力行使に訴えることもあったが、それも警察の介入により沈静化できる程度のものであり、武力を必要とするような事態は数百年にわたって起きてはいなかったのである。ゆえに、ナーサにとってマイルの言葉は説得力に欠けるものであり、空虚に響くのであった。
「いまは見えない、何かだよ」
すでに同様の会話を何度か繰り返してきたマイルは、いつもと同じように応える。これで、不満を残しながらも、何とかナーサはおとなしく引き下がるのだった。しかし、この日のナーサはいつもと異なり、さらに反論を重ねてきた。
「何かって? 宇宙人でも攻めてくるっていうの?」
マイルは、思わぬナーサの反撃にたいそう面食らった表情を浮かべた。というのも、彼、というより貴族一般の考えとして為政者の船が権力を誇示するために武装を持つことは当然であり、ナーサのような考えはとうてい理解できなかったのである。
自分の言葉に応える言葉が見つからず戸惑っているマイルを見て、ナーサは我を取り戻した。
「ごめんなさい。あなたを責めるつもりはないの」