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雪の華~Wintwer Memories終章【聖夜の誓い】

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 彼はしばらく輝の顔を見つめていた。輝は微笑み、また視線を窓の外に戻す。二人を乗せた観覧車はゆっくりと地上に向かって下降している最中だ。
 窓からは遊園地の各所に灯った明かりに照らされた雪が見える。純白の雪が蒼白い光に浮かび上がり、まるで本物の花が天空から降ってくるように見えた。
 元々、この辺りの地方では、雪はさほど降ることはない。ましてや、積もるほど降るのは珍しいのである。それが今年は既に二度も雪が降っている。
 もしかしたら、これが今年最後の雪になるかもしれなかった。
 雪が踊る。くるくる、くるくると風と白い花びらが輪舞(ロンド)曲を踊る。
 光に照らし出された雪はどこまでも幻想的で、この世のものとも思えないような美しい光景だ。光に照らされて風に舞う無数の雪の花に輝はうっとりと見惚れた。
「輝さん、さっきの話だけど」
 絶え間なく舞い降りてくる白い花片にすっかり心奪われていた輝は、聡の声で現(うつつ)に引き戻された。
「はい?」
「ダイヤモンドを贈ろうと思ったっていう話」
 輝は頷き、身体を聡の方に向けた。
「あの話の意味が判る?」
「―」
 輝は小首を傾げた。あの話に何か深い意味があったのだろうか。一向に思い当たらない。そんな彼女を見て、聡が吹き出した。
「やっぱり、輝さんだなぁ。普通、男がクリスマスイブにデートに誘って、ダイヤの指輪を贈るっていったら、ビビッとくるだろうに」
「あ―」
 そこまで言われて、漸く合点がいった。輝は眼を潤ませた。
 聡が笑いを含んだ声音で言う。
「やっと判ってくれた?」
「聡さん―」
 聡がいっとう優しい眼で輝を見つめている。
「こんな場合、どう言って申し込めば女の子が歓ぶのか判らないから、俺流でいくよ」
 彼はいきなり輝を引き寄せたかと思うと、チュッと唇に唇を押し当てた。
「俺と結婚して。こんなおじさんで申し訳ないんだけど、人生やり直すのなら、輝さんしかもう相手は考えられないから。精一杯幸せにするよ」
「―」
 輝はもう何も言えなかった。言いたいこと、告げたいことは山ほどもあるのに、様々な感情が溢れ出て言葉にならない。
 大好きな聡さんにプロポーズされた。
 ただその事実だけが信じられない夢のように思え、頬を自分で思いきりつねってみる。
「痛っ」
 思わず痛みに顔をしかめた輝を、聡が笑いながら見ている。もう一度、唇にキスを落とされた。
 輝の背に回された聡の腕に心なしか力がこもった。最初は小鳥がついばむような挨拶程度のキスだったはずなのに、いつしか口づけは深くなってゆく。
 聡に抱かれる度に、輝の身体は敏感になってゆくのだ。まるで宵闇で白い花の蕾が徐々に綻び、ひらいてゆくように、自分の身体がどんどん彼の愛撫に応え反応を示すようになっているのを輝は自覚している。
 無垢であった彼女の身体を聡は丹念に愛しむことによって、馴らし花ひらかせた。彼女は聡の腕に抱かれ、女として目覚めたのだ。
 今はもう、輝は自分を嫌いではない。もちろん、今までどおり冴えないアラサー女には違いないだろうが、聡に愛される自分、彼に愛しまれるこの身体が自分で愛おしく大切なものだと思えるようになった。
 角度を変えたキスは果てしなく続く。
 深く唇を結び合わせる二人の背後、窓の向こうではイルミネーションに照らされた白い雪の花が舞っていた。

 
     
  


      

   
Last lesson Tomorrow~それぞれの明日

 その日の朝、一通の葉書が届いた。一晩中、降り続いた雪が降り積もり、今夜はどうやらホワイト・クリスマスになりそうである。
 玄関のポストまで郵便物を取りにいった夫は数通のダイレクトメールの間に挟まっている葉書を見つけ、眼を瞠った。
「おい」
 郊外の家といっても、小さな平屋で、しかも借家である。別れた前妻に月々支払う子どもの養育費を滞らせるわけにもゆかないし、自分たちのマイホームを持つのは、まだまだ先になりそうだ。
 それでも、妻ともう直、生まれてくる我が子と水入らずで暮らせる穏やかな幸せを思えば、これ以上の贅沢を言えば罰が当たる。
 大切な人たちを哀しませ、傷つけてまで、選び取った道なのだから。
 呼びかけても、返事はない。夫は再度、今度は大きな声で妻を呼んだ。
「有喜菜?」
 彼の妻はまもなく臨月を迎える。一週間ごとの健診では、まだ生まれる気配はないというが、お産というものだけは何がどうなるか判らない。
 彼が席を立つまでは、確かに側にいたはずだ。居間で生まれてくる赤ん坊のために小さなソックスを編んでいたはずなのに、どうして返事をしないのだろう。まさか、何かあったのか?
 夫―直輝は狼狽え、居間に駆け込んだ。
 と、妻の有喜菜の姿はない。
「おい、有喜菜」
 居間に続く狭いキッチンに、妻はいた。大きなお腹にエプロンをかけ、甲斐甲斐しく立ち動いている。
「何してるんだ」
「シフォンケーキでも焼こうと思って」
 にこにことして応える有喜菜に、直輝は憮然とした。
「明日から臨月だっていうのに、呑気にケーキなんか焼いている場合じゃないだろう。少しは、じっとしてろよ」
「予定日が近いからこそ、じっとしてられないのよ。判るでしょ、直輝」
 じいっと見つめられ、直輝は言葉を失った。有喜菜は子どもを生むのはこれが初めてではない。以前、最初に結婚していたときには三度の流産、死産を経験している。
 彼はできるだけ妻を安心させるように言った。
「大丈夫さ。今度の妊娠は何の心配もないとドクターも太鼓判を押してくれてるだろ」
「でも、無事に生まれてくるまでは落ちつかないのよ」
「気持ちは判るが、少しは大人しくしていてくれないと、側で見てる俺の方が心配で気がどうにかなっちまいそうだ」
「ごめんね」
 気の強い妻にいつになく素直に詫びられ、直輝は怯んだ。
「いや、ま、良いさ」
 直輝は先刻、届いたばかりの葉書のことを思い出した。
「そういゃア、マスターから手紙が届いてるぞ」
「マスター?」
「ほら、〝キャッツ・アイ〟のマスター。吉瀬さん」
「ああ、私たちが結婚前によくデートした、あのお店ね?」
「そうそう、お前があそこに置いてあるグランドピアノをよく弾いてただろ。ああ見えて、マスターは趣味の多い人で、写真もピアノも玄人はだしなんだぜ。だから、マスターの大切なあのピアノに触らせて貰える人は本当に限られてるんだ」
「それで、吉瀬さんがどうかしたの?」
「彼、結婚したらしいな。来年の春には初めての子どもが生まれるそうだ。プロポーズしてからも二年付き合って、やっと結婚にこぎ着けたって、物凄い歓び様だな。こいつは相当、奥さんにのぼせ上がってるとしか思えない。この歳で、できちゃった結婚をするのは気恥ずかしいけど、せっかく得た大切な妻子をこれからはきちんと守っていきたいって書いてある」
「そう。吉瀬さんもついに結婚したのね。キャッツ・アイのマスターが結婚したら、がっかりする女性は多いでしょうに」
「吉瀬さんはかなりモテたからなあ。もちろん、俺の次にだが」
「まっ、よく言う」
 直輝の軽口に、有喜菜は声を立てて笑った。