雪の華~Wintwer Memories終章【聖夜の誓い】
代わりに輝が乗り、聡は持参した一眼レフで輝を熱心に撮影することに集中した。その次はくるくる回るコーヒーカップ。これも聡は遠慮したそうな様子だったが、輝が無理に頼み込んで一緒に乗った。
ところが、いざカップが回り出すと、嬉しげに眼を輝かせ始めたのは聡の方だった。
「こんなのって、幼稚園児の頃に乗って以来だな」
と、物珍しげに周囲をキョロキョロと見回している始末だ。
コーヒーカップから降りた時、輝が少し休憩しようと提案しても、この頃には聡が久しぶりに訪れる遊園地にすっかり夢中になっていた。
「まだ来たばっかりだろ。今度はあれだ、あれに乗ろう」
と、輝を引っ張って先頭に立って走っていく。
聡が次に選んだのは〝スカイ・サークル〟。名前のとおり、二人がけのブランコがくるくると旋回する趣向になっている。しかも、回りながら高くなったり低くなったりするため、かなりのスリルがあった。
「う、嘘だろ。このスリル、ジェットコースター並みだ」
ブランコが何周かする中に、聡の顔は次第に蒼白になっていった。
ブランコがひときわ高くなったときには、殆ど絶叫に近い叫び声を上げた。丁度真後ろのブランコには女子高生らしい二人組が乗っていた。聡が絶叫する度に、後ろからクスクスと忍び笑いが聞こえてきて、聡はブランコから降りてからも、
「今時の若い娘は礼儀知らずだ」
と本気で怒っていた。
輝は自販機で熱いコーヒーを二本買ってきて、まだ憤慨している聡に渡した。
「そんなに怒らないで。イケメンで、どこから見ても洗練された大人の男性がまさかブランコ程度であんなに喚くとは思わなかったのよ」
慰めたつもりだったのに、聡は眉をつり上げた。
「ブランコ程度でだって? あれはかなり心臓に悪いぞ」
輝はまるで子どものような聡に笑いをかみ殺しながら言った。
「その様子では、ジェットコースターに乗るのは無理みたいね。また今度にしましょ」
「いや、大丈夫だ。久しぶりだったから動揺したが、今度こそ男らしく耐えてみせる」
悲愴な決意を見せた。輝はとうとうプッと吹き出した。
「止めておきましょうよ。折角愉しみにきたのに、何も無理をする必要はないわ」
「君、笑ったな。君まであの子たちと同じで、俺をバカにするのか? よし、ここは是が非でも男の意地を見せてやる」
一人でジェットコースターの方に向かっていくのに、輝は呆れて物も言えない。
たかだかジェットコースターに対して〝男の意地〟も何もあっものではないと思うが、聡にしてみれば、そうでもないようだ。
だが、運命の女神は聡にか輝にか判らないが、味方してくれた。
「申し訳ありませんが、ジェットコースターの運転は定時で終わりなんですよ」
係員が心底済まなさそうに言っているのが少し離れた場所にいる輝にも見えた。
「仕方ないわね」
輝はまだむくれている聡を引っ張るようにして、観覧車の方に向かった。
「今度はこれに乗りたいわ」
「よし、これならいけるぞ」
聡が先に乗り込み、続いて輝が乗った。二人を乗せた箱が緩やかに動き出す。確かに、これなら聡でも大丈夫そうである。
観覧車はゆっくりと上昇していき、ついに最上に達した。
「凄いわ、ね。見て見て、町の灯りがあんなにまばゆく輝いてる」
今度は輝が歓声を上げる番だ。
窓の向こうを見ると、雲の切れ間から白いものが落ちているのが見えた。
「雪?」
輝の声音にいざなわれるように聡が窓を覗き込む。
「本当だ。また降ってきたみたいだね。道理で冷え込みが厳しくなったわけだ」
向かい合って座っていたはずの聡は、いつしかちゃっかりと輝の側に座った。
輝はなおも窓ガラスに額を押し当てるようにして外を見つめる。空が近い。地上の風景―ビルや家々が箱庭のように見えた。
「町のイルミネーションが光の帯みたいに見える。まるで宝石箱をひっくり返したようね」
町の灯りの一つ一つに人の営みがある。あの灯りの下では家族や恋人たちが寄り添い、幸せなクリスマスの夜を過ごしていることだろう。
今ほど自分以外の存在を愛おしいと思えたことはなかった。現金な話かもしれないが、それは多分、今、輝自身が幸せだからに違いない。
「聡さん、私、とっても幸せ。多分、生まれてから三十一年の中でいちばん幸せなイブじゃないかしら」
「―」
聡が息を呑んだ。彼が急に黙り込んだので、輝は俄に不安を憶えた。
もしかして、今、自分は何かいけないことを口にしたのだろうか? 彼を怒らせるようなこと、もしくは負担になるようなことを?
「聡さん、私、何か―」
言いかけた時、聡が泣き笑いのような表情で言った。
「俺も幸せだよ、輝さん。俺なんかと一緒に過ごすイブの夜をそこまで歓んで貰える女と出逢えた―そのことをとても幸せだと思う」
聡の瞳が揺れているように見えるのは、気のせい? もしかして、彼は今、泣いている―?
「宝石箱で思い出したよ。クリスマスの夜にはやっぱり、これがなきゃ」
聡が愛用のダウンコートのポケットに手を突っ込んだ。何やら探していたかと思うと、大きな手のひらを差し出してくる。
彼の手の上には、不似合いなほど小さな箱が乗っていた。
「ハッピー・クリスマス」
「もしかして、私にくれるの?」
「そう、俺からの初めての記念すべきクリスマスプレゼント。開けてみて」
小さな箱は緑の紙で包まれ、紅いリボンが愛らしくかかっている。いかにもクリスマスらしい包装だ。
輝が包装紙を解くと、白い紙箱が現れ、更にその中にはハート型の深紅のビロード張りの小箱が入っていた。ハートの小箱を取り出し開けた輝が思わず歓声を上げた。
「素敵」
中に入っていたのは、ブルーサファイアのリングであった。
「俺に填めさせて」
聡が小箱からそっとリングを抜き取り、輝の左手の薬指に填めた。サイズを特に訊ねられた記憶はないのに、そのリングは誂えたようにぴったりだ。
「サファイアね?」
「そう、これでも、何が良いかと迷ったんだ。本当はダイヤモンドを贈りたかったんだけど、いきなりじゃ、かえって迷惑かなと思って、店の人に相談したら、誕生石なんてお守りにもなって良いって勧められてさ」
「深い蒼色がとても綺麗。ありがとう、大切にするわ」
輝は微笑み、大切そうに指輪を撫でた。
「私も贈り物があるのよ」
傍らに置いていた紙袋から例のラッピング袋を取り出し、聡に渡した。
「メリー・クリスマス」
「え、俺も貰えるの?」
聡は予期していなかったようで、愕きに眼を見開いている。
「もちろんよ。急いだから少し編み目が不揃いになってしまったけど、良かったら使って」
聡は嬉しげに顔を綻ばせ、リボンを解きラッピング袋を覗いた。
「おう、これは凄い」
彼は早速、マフラーを自分の首に巻いている。ブラウンのマフラーには〝A〟と赤で刺繍が入っている。
「これを君が編んだの?」
「ええ、いかにもお手製って感じで、申し訳ないんだけどね」
「とんでもない。嬉しいよ、ありがとう」
聡が心底嬉しげに笑っているのを見て、輝もまた心が弾んでくる。
作品名:雪の華~Wintwer Memories終章【聖夜の誓い】 作家名:東 めぐみ