雪の華~Wintwer Memories終章【聖夜の誓い】
「止めるんだ」
そこで初めて輝の動きが止まった。
「自分を傷つけたり安売りしたりしてはいけない」
聡が首を振った。
輝は静かな瞳で聡を見つめた。おもむろに眼がねを外し、何も言わず、またブラウスのボタンを外し始める。今度は聡も止めようとしなかった。
白いブラウスの下はベージュの薄いスリップ。それだけでもかなり扇情的な姿だが、輝は更に逡巡も見せずにスリップを脱いだ。
次いで黒のタイトスカートも薄手のストッキングも脱いでしまえば、後はブラとパンティだけだ。
「君は―一体、どういうつもりなんだ」
聡と輝の間の距離はなお数メートル隔たっている。輝が脱いでいる最中も、けして彼は近づいてこようとはしなかった。まるで、今の場所から一歩でも動けば、二人の間に取り返しのつかないことが起こるのを予測しているかのように。
「俺も男なんだぞ? 君はそれを理解してるのか」
躊躇いを見せながらも、聡のまなざしは輝の魅惑的な肢体に絡みついたように離れない。
と、輝が一歩前へと踏み出した。
「止めろ。来るんじゃない」
また一歩、輝が前へと踏み出してくる。
「君が俺の前に来たら、俺は今夜、君に何もしないという自分自身の誓いを守れなくなる。俺が君に何をしようと、君の力では本気になった男を止められはしないんだ。それを承知の上なのか?」
聡の呼びかけも空しく、ついに輝は聡の前に立った。
「私が後悔はしないと言ったら、あなたは誓いを破れるの?」
輝は淡く微笑むと、薄紫のブラのストラップを肩からすべらせた。更に少し屈んでブラとお揃いの小さなショーツを脚からずらし引き抜く。
くるりと後ろを向くと、今度はシニヨンに纏めていた長い髪を解く。やや赤みを帯びた茶色の髪が滝のように背中にすべり落ち、波打った。輝は長い髪を無造作にかき集め、聡に無防備な背中を晒した。
「ここから先はあなたがやって」
聡は震える手を伸ばした。大きな手のひらがブラのホックを外す。
「本当に良いのかい?」
溜息のような男の声が落ちる。
輝は一糸纏わぬ身体を隠そうともせずに言った。
「今の私を見て、残して、触れて」
彼女は小さく息を吸い込み、続けた。
「聡さんに私の写真を撮って欲しいの」
刹那、彼が鋭く息を呑む音が聞こえた。
「写真を撮れと言ってるのかい?」
「そのとおりよ」
「しかし、君、それは―」
聡が迷うのは当然だった。最近は、二十代から四十代まで幅広い年代層の女性が写真館で記念にヌード撮影をする時代である。別に誰かに見せるとかいうわけではなく、綺麗な自分を残しておきたいという女性らしいささやかな願望を叶えるためのプライベートな撮影だ。
しかしながら、その場合、撮影するカメラマンと客側は特に顔見知りというわけでもなく、ただの客とカメラマンにすぎない。
今回の聡と輝のように、単なるカメラマンと客という関係以上に親密になってしまうと、プライベートなヌード撮影が一線を越える危険性も十分予測しておかなければならない。
「君に軽蔑されても仕方ない。この際だから、はっきり言うが、相手が輝さんだったら、俺は撮影だけで終えられる自信はない」
「―構わないわ」
「できるだけ、理性を保つようにはするが」
けれど、その声に説得力はなかった。聡の手がそっと後ろから胸の膨らみに回される。胸を大きな手ですっぽり包み込まれ、乳房の桜色の突起が敏感に反応し立ち上がった。
もう一方の手で腰を抱かれ、強く引き寄せられる。剥き出しの尻に聡の固い欲望の徴(しるし)が当たった。
「俺は情けなくも、君の裸を見ただけで、もうこんなになってる」
掠れた声が耳朶を掠め、輝の膚は粟立った。快感とも恐怖とも知れぬ震えが全身を走り抜けてゆく。それを不安と受け取った聡が囁いた。
「怖かったり嫌だったりするのなら、ここで止めよう」
だが、輝に止めるつもりは毛頭なかった。むしろ、自分に聡という男がここまで欲望を示してくれていることがこの上なく嬉しい。こんな自分でも、聡の欲望をここまでかき立てることができるのだ。
「いいえ、止めないで続けて」
髪に彼の息がかかる。とても居心地が良い。というより、少し心地よすぎた。このままでは、親猫の温かなお腹に寄り添う子猫のように眠ってしまいそうだ。
聡はしっかりと抱きしめてくれている。その安息の地から自分の身体を無理に引きはがしたが、それには自分の意思の力を総動員させねばならなかった。
輝は聡に抱きしめられたまま、急いで無理にその腕を引き離した。それでも背後にすぐ側に居る彼の存在をひしひしと感じた。
向かい合って立つと、輝の身体の上を聡の熱っぽい視線が容赦なく舐めるように這い回る。流石に気恥ずかしくて、思わず両手で胸を隠そうとしたその手を、聡がそっと抑えた。
「こんなに綺麗な胸をしているんだから、隠さないで」
「恥を明かしてしまうけど、Aカップなの。だから貧弱でしょう。男のひとって、胸の大きな女が好きだって聞いたけど」
「すべての男がそうだとは限らないさ」
聡は熱を帯びた視線は輝に注いだまま、呟いた。それに対して、何か言おうとして開きかけた輝の言葉はそのまま烈しいキスに飲み込まれた。
輝の背中に優しく手を沿わせながらも、聡のキスは貪るように烈しかった。聡がそっと舌を差しいれると最初は逃げ惑っていた輝だったが、やがてすぐに熱心に応えるようになさった。舌を絡め合う間も、彼の手は背中から前に回り、輝の胸を揉みしだく。
聡にピアノの前に置かれた椅子に座るように言われたときも、輝は素直に従った。
「脚を開いてごらん」
そう言われて少し股を開いたが、それでは足りなかったらしく、すぐに彼は両方の太腿に手をかけて更にぐっと押し開いてしまった。
途端に閃光が走り、輝は自分が今のあられもない姿を撮られたのだと初めて知った。
「―いやかい?」
気遣うように問われ、輝は頷いた。
流石に、幾ら何でも、この体勢は恥ずかしすぎる。これ以上開けないくらいに脚を開いたこのポーズだけは、大好きな聡でも無理だ。
涙ぐんだ輝を見て、聡は頭をかいた。
「ごめん、初めてなのに、少し大胆すぎたかな」
涙を溜めて見つめている輝は、またしても強く抱き寄せられた。再び唇を奪われる。そっと抱き上げられ、テーブル席のソファに降ろされる。室内は暖房が効いているものの、革張りのソファに剥き出しの身体がひやりと冷たかった。
何をされるのかと怯えで瞳を揺らしていると、また脚を大きく開かされた。
「怖がらないで、きっと気持ちよくなれるから」
秘められた狭間に聡の指が入ってきたときは、流石に輝は弱い抵抗を示した。彼は輝の耳許で〝大丈夫だから、大丈夫だから〟と繰り返した。けして先を急ごうとはせず、輝が怯えて身体を硬くすれば根気よく宥めた。
それでも途中で止めることはなく、指は一本から二本に増やされ、輝の下腹部は次第にしっとりと潤い、ついには男の指数本を難なく受け容れることができるまでになった。
「乱れた君は堪らなく綺麗だ」
作品名:雪の華~Wintwer Memories終章【聖夜の誓い】 作家名:東 めぐみ