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雪の華~Wintwer Memories~Ⅰ

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 室内はかなり広かった。こちらは予想通り、コンクリートが剥き出しである。入り口近くにカーテンで仕切られた一角があり、今、そのカーテンは半ば開いていた。
「こちらでまずメークと着付けをさせて頂きますね」
 オーナーはいとも簡単に説明を終え、カーテンの開いた部分から仕切りの中を覗き込んだ。
「由佳里ちゃん、お客様が来られたので、お願いね」
「じゃあ、僕は外でお待ちしてます」
 オーナーは輝を中に押し込み、外側からカーテンを閉めた。カーテンの仕切りの中はなるほど、壁側に大きな鏡が据え付けられていて、小さな丸椅子が置かれている。その傍らに、いかにもプロ仕様といったメーク道具一式が入った大きな箱が存在感を主張している。
「由佳里です。本日、メークと着付けを担当させて頂きますね」
 まだ二十代後半といったところだろうか。丸顔で童顔の愛らしい顔立ちの女性が愛想良く微笑んだ。グリーンの鮮やかなニット帽に、お揃いのセーターとジーンズ。小柄ではあるが、女らしいふっくらとした体型を主張し過ぎず引き立てている。オーナーもこの女性もシンプルで何気ない格好だが、けしてオシャレに手を抜いていないことが判る。
 作り込みすぎず、カジュアルでいながら、オシャレに見えるというのは初級者にはなかなか真似のできないことだ。流石にカメラマンやヘアメークといった流行には敏感でなければならない職業の人種だと判る。間違っても、〝本間の局〟と社内で囁かれている万年葬儀屋スタイルの輝には縁のない世界の人たちなのだ。
 ヘアメークが始まった。由佳里も輝も殆ど喋ることはなかった。元々、輝は誰とでも気軽にすぐ打ち解けられるほど社交家ではない。ましてや、人生三十一年めにして生まれて初めてのウエディングドレスを着る日とあっては、余計に初対面の相手と気軽に会話できるはずもなかった。
 仕事柄、そういった反応には慣れているのだろう。由佳里は頓着する様子もなく、作業は順調に進んでいった。ヘアメークが終わり、最後はドレスの着付けになる。
「本間さんって、スタイル良いですよね」
 由佳里は大手の美容室に所属していて、フリーというわけではない。ただ、そこの美容室とオーナーが提携を結んでいるため、撮影が決まると連絡して助っ人を頼むということらしい。
 由佳里の話では、大抵は彼女が依頼されて派遣されてくるとのことだった。たとえ会話をしなくても、作業の合間に、由佳里はそういった話を雑談的に織り交ぜて、聞かせてくれた。それは恐らく輝の緊張を少しでも解きほぐす目的もあったに違いない。その点は流石にプロである。
「ええっ、そうですか」
 と愕いたのは、何も謙遜ではなかった。確かに身長167センチ、体重49キロというのは数字としては理想的かもしれない。しかし、現実には胸は小さいし、お尻にも肉はついていないしで、成熟した大人の女性の体型とは到底いえない。認めたくはないが、ニューハーフの方がよほど女らしい雰囲気と外見を持っているだろう。
 今日の衣装は、予め由佳里が用意してくれていた数着の中から輝が選んだ。由佳里の勤務する美容室まで足を運べば、もっとたくさんの衣装の在庫があると聞かされたが、かえって迷うばかりだと思ったのだ。
 三着の衣装はいずれも雰囲気はガラリと変わるが、素敵なものばかりであった。一つは肩を出す流行のデザインで、裾は薔薇の花びらが開いたようにふんわりして薄いオーガンジーが幾重にも重なっている。どちらかといえば可愛らしい感じだ。二つめは袖無しで形そのものはオーソドックスだが、トレーンを長く引いている。胸元が少し大胆にひらいている以外は飾り気は殆どなしの個性的なデザイン。
 三つ目は長袖で胸許のひろがりも控えめである。V字型にひらいているけれど、二つめのドレスのように屈めば胸が見えてしまいそうなほどではない。浅く開いている程度で、Vに開いた部分に沿って、無数のパールやビーズが繊細に縫い付けられていた。形はスカート部分がかなり膨らんだ前二つのものとは違い、スカートが殆ど膨らんでいない。辛うじて少しひろがったくらいで、襟元に縫い付けられたパールやビーズがお揃いで裾を飾っている。飾りといえばそれだけ、形は至って簡素である。
 輝は三番目のデザインにいちばん心惹かれた。二週間前の夜、ここの写真館を見つけたときに漠然とイメージしたドレスに限りなく近いような気がしてならなかった。
「実は本間さんをお見かけした瞬間、あっ、このドレスが良いなと直感で感じたんですよ。聡さんから、背が高くてすらりとしたタイプの方だってお聞きしていたものだから、今風の飾りが一杯ついているものより、こっちの方がお似合いかもって持ってきたんですけど、良かったです」
 そういえば、オーナーとはこの二週間の間、何度か事務的なことでメールのやりとりをした。その際、ドレスを何点が選んで持ってくるのに、体型やスリーサイズを訊ねられて応えた記憶があった。
「いいえ、私なんて、スタイルが良いっていうより、単なる縦長の洗濯板体型? ドレスがシンプルな分、胸もヒップも肉がついていないのが余計に目立っちゃうんじゃないかと心配なくらい」
「大丈夫ですよ、何なら、ブラにパッド入れます? 少し入れるだけでも、かなり外から見た目の印象が変わってきますし。ヒップは、こういうストンとしたスカートが膨らんでないデザインの場合、かえって小さい方がスタイル良く見えて良いですよ」
 さりげなく体型カバーやより魅力的に見える方法を伝授してくれるところもありがたい。
 輝には気になることがあった。
「ところで、由佳里さんとオーナーは古いお知り合いなんですか?」
 できるだけ何気ない質問に思えることを祈らずにはいられない。
 由佳里は輝の思惑を知ってか知らずか、淡く微笑した。
「父の知り合い、同級生なんです」
「ええっ、由佳里さん、今、お幾つなんです?」
「二十二です。高校出て、専門学校とか行かずに、すぐに今のお店に見習いで入ったから、今年四年目ですね」
「愕いた。私、落ち着いてらっしゃるから、てっきり二十代後半かと」
「ふふっ、不思議なことに、童顔なのに年より上に見られることが多いんですよ、私」
 由佳里は悪戯っ子のように舌を出して見せる。二十二歳という年齢を知ったせいかもしれないが、確かにその笑顔は歳相応の若々しさに溢れている。
「社会人になってからの経験のせいじゃないですか、貫禄があるのって」
「父には物凄く反対されましたけどね。親は二人とも私が高校卒業して、大学行くものだとばかり思い込んでたから」
 そこで、輝の思考はまた元に戻った。
「じゃあ、そのお父さんの同級生ってことは」
 輝は今、由佳里と直接顔を見て話せない。鏡越しに、由佳里がまた悪戯めいた微笑を送ってきた。
「聡さん、凄く若く見えるでしょう。あれで五十歳なんて信じられます? ウチのお父さんとは大違いですよ。中年っぽくないですよね。お腹も出でなくてスタイル良いし」
 五十歳! 三十一歳の自分の父親といっても良いほどの歳だったとは信じられない。