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雪の華~Wintwer Memories~Ⅰ

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「だから、本当は聡さんなんて馴れ馴れしく呼んではいけないんですけど、あまりに外見が若くて自分の父親と同じ歳だという認識がなかなかついてゆかなくて」
 由佳里は苦笑しながら言った。
 確かに、初対面では輝もオーナーはどう見ても四十そこそこだと信じ込んだ。だから余計に老成して見える由佳里とオーナーの関係を必要以上に勘繰ってしまったのだけれど。
 自分でも不思議だった。何故、今日が初対面の男性に対して、こうまで関心を抱いてしまうのだろう。オーナーが由佳里と―もっと別の女性とどんな関係であろうと、所詮、輝とは関係のないことだ。所詮、オーナーと自分はゆきずりの関係にすぎず、今日という日が終われば、また逢うこともない。
 それなのに、どうして、私はあの男性のことがこんなにも気になって仕方ないの?
 自分自身に問いかけてみても、明確な応えは見つけられない。
「できましたよ」
 由佳里の弾んだ声音に、輝は現実に引き戻される。由佳里にドレスを着せつけて貰っている間中、輝はなされるがままになっていた。その傍ら、物想いに耽っていたのである。
 ハッとして眼前の大きな鏡を見つめると、そこには普段の自分からはおよそ想像もできない見知らぬ女がいた。それは、輝自身でさえ知らない誰かだ。
「素敵ですよ、本間さん」
 由佳里の表情は我が事のように誇らしげで嬉しげで。そんな彼女の顔を見ている中に、これはまさしく現実なのだと次第に認識できるようになっていた。
「これって、本当に私?」
「本当ですよ、本当に本当に本間さん自身ですって」
 由佳里が笑いながら言った。
 輝はもう一度、鏡の中の女を凝視した。シンプルなウェディングドレスがかえって輝のスレンダーボディを際立たせている。ドレスを着る前に、由佳里が持ってきていた厚手のパッドを貸してくれたので、それをブラの中に忍ばせているから、いつもは貧弱にしか見えない胸も大きく盛り上がって見える。
 ドレスの形自体が元々スリムなので、すらりとした体躯の輝が着ると映えるのだ。更に奇蹟は悩みの種でしかなかった顔にまで及んでいる。
 流石に、今日はあの馬鹿でかい眼がねは止めて、コンタクトにしている。狐のようにつり上がった細い眼はアイシャドウとライナー、つけまつげの魔法で普段の軽く二倍は大きく見え、蒼白さが気になる顔は健康的でいながら透明感のある肌色になっている。これも色の悪さが目立つ唇は今や、桜色に染まり、ぷっくりとした魅惑的な唇はグロスのせいで少し濡れたように艶っぽい。
 まさに別人、同一人物であれば整形したと思われても仕方ないほどの変わりようである。
「愕きました。メークだけで、こんなに変わるものなんですか?」
 茫然としたまなざしを揺らし、訊ねる。
 由佳里は誇らしげに頷いた。
「ええ、でも、別にこれは何でもないことなんですよ」
「何でもない? 冴えないアラサー女が奇蹟の大変身を遂げても?」
 由佳里が輝の背後から鏡を覗き込んだ。
「これは奇蹟でも魔法でもないんです。本間さんはご自分を少し過小評価しすぎですよ。いいですか、私はただ本間さんが本来持っている美しさを引き出したにすぎません。本来の本間さんは、こういう顔立ちをされているんです。でも、今はまだ、その美しさが十分に発揮されていないだけ」
 でも、と、輝はかすかに震える声で言った。
「私、メーク教室にかなり長い間、通ったこともあるんです。たまに受講生同士、お互いにメークをし合って、習得したメーク技術を披露するんですけど、私は講師の先生からもかなり上達した方だって褒められたのに、いざ自分のメークをする段になると、上手くできなくなって。結局、冴えない普段どおりの私以上にはなれないんです」
 ずっと疑問に思ってました。小さな声で告げるのを、由佳里は聞き逃さなかった。
「それは、多分、本間さんの心の持ちようだと思います」
「心の持ちよう?」
「そう」
 由佳里はドレスを着た輝の真後ろに立った。
「今の本間さんは確かに普段とは少し違うかかもしれない。でも、元々、こういう顔立ちをしているんだから、普段ともそれほど大差があるはずはないんです。ということは、本間さんが普段、自分は冴えないんだとか、イケてないんだとか、そういう後ろ向きにしか考えられないからじゃないかしら。きっと、本間さんに最も必要なのはプロのメーク技術よりも自信だと思いますよ」
「自信―が足りない?」
「そう」
 由佳里がにこっと笑った。
「自分はこういう顔立ちをしているんだ、けして冴えないアラサーなんかじゃないって、自分自身に思い込ませるというか、信じるというか。そういう努力を少しされた方が良いのかもしれませんね」
「そんなものなのかしら」
「そんなもんですって。人間って気持ちの持ち方でどんなにでも変われること、知ってました? どんな美人でもいつも〝お前は醜い〟って囁き続けられれば、いつしか言葉どおりになるし、逆にそれほど綺麗じゃなくても〝綺麗だよ〟って言われたら、どんどん綺麗になって、それが本当にもなります。特に女性はそういうものなんですよ。芸能界のデビューしたばかりの新人タレントなんて、まさにその良い例です。垢抜けない、どこにでもいるような女の子がどんどん綺麗になっていくのは、何もファッションやメークのせいだけじゃなくて、〝私は綺麗だ〟って周囲から思われてる、見られてるっていう意識を持つようになるから。常にそういう意識を持ち続けていると、不思議と見違えるように綺麗になっていきます」
 由佳里の勤務する美容室は現実に芸能プロダクションとも提携し、由佳里は今、売り出し中の十代の女の子数人の人気ユニットを担当したこともあるという。そんな彼女の言葉だけに、説得力はある。
「ありがとう、由佳里さん」
 輝は鏡の中の自分をもう一度、見つめた。どう見ても、自分には見えない極上の美女は他ならない〝自分〟なのだ。いつもはこれもコンプレックスの一つである癖の強い猫っ毛は緩く纏めてアップにしている。赤茶色い色が気になっているのに、こんな場合はヘアカラーしているような明るい色がかえって重たすぎず良い感じだ。頭上には繊細なティアラが控えめに輝いていた。
「何かとても良いことを教えて貰ったみたい」
 心から礼を言うと、由佳里は舌を出した。
「とんでもない。年下なのに、随分と知ったような生意気なことを言ってしまって、失礼しました」
「いいえ、私、本当に今日、ここに来て良かったと思ってます」
 由佳里が微笑むのに、輝もまたつられるように笑顔になった。
「そう思って頂いて、私も嬉しいです」