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雪の華~Wintwer Memories~Ⅰ

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 返事に関しては、あまり期待していなかった。大体、メールに返事が来ること自体に期待しない方が利口というものである。それは何もこの写真館だけではない。
 身近な友人、仕事上の付き合いのある人、今夜のように問い合わせをした場合。大抵は返信がない方が多い。輝の性格からすれば、到底、考えられないことだ。よく忙しいからと、多忙を理由に返事ができないと言うけれど、あれもどうかと思う。
 どんなに忙しい人でも、夜に自分の時間を持てない人間はまずいない。返事は何も長文ではなくて良いのだし、メールを読みました、届きました、着いてます、表現は何であれ、ひとことの返事が書けないはずはないのだ。
 それができないのは、向こうに明らかに返事をする意思がないから。その理由は面倒臭い、返事をする必要がないと判断するなど様々かもしれないが、返事を待つ側にとっては大変心外だし、礼儀を失する行為になる。
 律儀すぎるのかもしれないけれど、輝はそういった常識には拘りたい質なので、昔からよく不愉快な想いをしてきた。しかし、最近は、世の中にはむしろ返事をよこさない方が多いのだから、期待して待つ自分が愚かだという結論―というか諦めの境地に達しつつある。
 ましてや、今回の場合、輝は写真館の顧客というわけでもなく、写真館のオーナーであるカメラマンとも未知の間柄なのだから、返信のくる確率は余計に低い。
 だが。予想に反して、返信はすぐに来た。

―このたびはお問い合わせいただき、真にありがとうございます。私、写真館メモワールの吉瀬(きせ)聡(あきら)と申します。お客様がお訊ねの件につきまして、当写真館は、お一人の方でも歓迎させていただきます。和装・洋装、どちらかお好みの花嫁衣装での撮影、或いは、両方での撮影も可能です。撮影料や時間については、当社のホームページをご覧下さい。それでは、ご検討よろしくお願いします。
       カメラマン  吉瀬聡

 期待していなかった返信に嬉しくなり、輝はすぐにトップページに戻り、撮影コースのところをクリックした。ほどなく画面が変わる。ポートレート撮影から始まり幾つかのコースがあった。順を追ってゆくと、三番目にウェディング・フォト撮影の項目があった。そこを再びクリック。詳細が並ぶ画面に切り替わる。カップル撮影の次にシングル撮影と記載されている。
 恐らくは、ここだろうと見当をつけた。撮影料が洋装だけだと三万円。衣装代込みとあるから、写真館で衣装もレンタルできるのだろう。和装が三万五千円。両方だと五万円。これも衣装レンタル込みの価格だ。衣装の持ち込みは要相談と書いてある。メークも着付けも込みでの値段だとすれば、けして高くはない。
 輝の決断は早かった。早速、吉瀬というカメラマンへメールを送った。

―お世話になります。早速、御社のホームページを拝見しましたところ、是非、撮影して頂きたく思います。撮影の予約をしたいのですが、空いている日時を教えてください。よろしくお願いします。
               本間

 また即効で返事が返ってきた。

―それはありがとうございます。光栄です。撮影日時はできるだけ、お客様のご希望に添うようにしたいと考えておりますので、まずは、本間様のご都合をお知らせいだたけましたら幸いです。
              吉瀬聡

 そんなやりとりを数回交わした後、撮影日と時間はあっさりと纏まった。

―それでは、来る十二月二日日曜日、本間様のお越しを心よりお待ちしております。どうぞご体調に気をつけて、当日は最高のコンディションでお越し下さいませ。私も本間様の最高の瞬間をお撮りさせていただくのを愉しみにお待ちしております。
              吉瀬聡

 その夜、輝はなかなか眠れなかった。二階の自室のベッドで幾度も寝返りを打ちながら、輝は初めて身に纏うウェディングドレスに想いを馳せた。その日、自分が着るのは、どんなデザインのドレスなのだろう。飾り気のないシンプルなもの、それとも、流行の可愛らしいガーリーな雰囲気のドレス?
 両方のドレスを着た自分を想像してみようとしたけれど、ドレスそのものが具体的に思い浮かべられないので、土台無理な話だった。それでも、人生で初めて花嫁になれるのだと考えれば、心は浮き立った。
 階下はすっかり静まり返り、両親はもうとうに寝んだらしい。輝の父親は長年、銀行に勤務していたが、今春、還暦を機に定年退職した。次の就職も既に決まっているが、一年は自宅でのんびりと過ごすようだ。
 母親の方は姉が生まれると同時に勤めを辞め、ずっと専業主婦だ。父よりは三つ若い。いずれにしても、二人ともに六十前後である。早く結婚した姉は三十五歳、三人の子持ちである。男の子一人と女の子二人に恵まれ、夫の営む歯科医院で事務などをこなしながら、順調な家庭生活を送っていた。
 一方の妹である輝は三十を過ぎても、浮いた話の一つもない有様である。両親は口にはしないけれど、残った妹娘のゆく末を案じているのは判っていた。
 あれこれと考えている中に、輝はいつしか眠りに落ちていった。眠っている間、輝は夢を見ていた。
 輝は見たこともない教会の前にいた。
 行ったこともない教会の外観は、かつて友人の挙式に参列したことがあるような立派なホテル付属の教会ではなく、雰囲気でいえば町の小さな教会のようだ。
 簡素な教会の前に佇んだ自分は、白いドレスを纏っている。愕いたことに、見上げた空は漆黒に染まり、鈍色の雲が幾重にも垂れ込めていた。雲間から舞い降りてくるのは、ひとひらの雪。
 ひらひらと、雪がまるで春に咲く桜の花びらのように降り積もる。さらさらとした粒子の細かい雪は輝の髪や肩に薄く積もった。
 ふいに、輝は自分の傍らに誰かがいることに気づき、二度愕くことになった。長身の輝よりも更に拳一つ分くらい上背があり、ほどよく筋肉のついた体躯を黒のタキシードに包み込んでいるのは男!?
――!
 輝は声にならない声を上げた。と、傍らの男がスと動き、手を伸ばした。輝の髪にそっと触れたかと思うと、何かをさし示して見せる。大きな手のひらの上には、ふんわりとした花びらのような雪。
 しかし、当然ながら、雪は忽ち儚く溶けてしまう。不思議な感覚だった。これは夢だと十分判っているのに、手のひらの温かさで雪は待つ間もなしに溶けてゆく。
 見知らぬ男の傍にいるのに何の不安もないのは、これが夢と判っているからではなく、むしろ、誰かが側にいてくれることが、こんなにも幸福感を呼び起こすものだと判ったからだ。
 見たこともない、顔も知らない男と二人で雪の中に佇んでいるだけ。しかも、どういうわけか判らないけれど、二人とも結婚式のときの花嫁花婿のような格好をしている。これだけ現実からかけ離れた夢もないだろうに、不思議と違和感はなく、しかも、雪が体温で溶けるというリアル感すら伴っている。
 雪はただ降りしきり、輝の上に落ちてくる。眼前の教会には灯りが灯り、白銀の中にぽつんと建つ小さな教会は、よく絵葉書か何かで眼にするような幻想的でメルヘンチックな光景だ。