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雪の華~Wintwer Memories~Ⅰ

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 いや、運命の出逢いなんて言葉を後生大切に抱えているような自分だからこそ、いまだ彼氏の一人もできないのかもしれない。三十も過ぎたのだし、少しは現実を見据えて賢くならなければならないのだろう。例えば、もっと人生の伴侶に望む基準を下げるとか。
 いや、自分は何も高望みなんて、していないはずだ。そもそも自分自身、容姿にはコンプレックスを持っていて、自信はない。相手にそれを望むほど世間知らずではないつもりだ。ならば、自分は結婚相手に何を望むのだろう。別に有名企業に勤務していなくても良い。ならば、何を?
 そこで、輝は愕然とした。なんてこと。今まで結婚に憧れ、次々とゴールインしてゆく女友達を羨望と嫉妬と祝福の混じった複雑な心境で見送ってきたけれど、自分はその実、結婚ついて具体的に考えたことは一度もなかった!
 ただピアニストに憧れたように、幸せな結婚を夢見ていただけ。そもそも、結婚って何だろう? 本当に必ずしなければならないものなんだろうか。
 ただ一つ、輝にも判ることがある。それは、ずっと一人でいたくはないということだ。結婚するにしても、しないにしても、一緒に歩ける人がいたら良いと思う。嬉しいときだけでなく、淋しいときや哀しいときも側に誰かがいてくれたなら。それは、どれだけ心強いことだろうか。
 重い荷物は半分にして分け合い、歓びもまた二人で分かち合う。まるで結婚式のときの牧師の言葉のようではあるが、それが紛れもない結婚のメリットではないか。心を寄り添わせるのに、容姿も勤務先も年収も関係ない。
 しかし、残念なことに、世の男たち皆がそういう考えではないようだ。男は大抵、顔がきれいだとか可愛いだとか、更には胸が大きい、形がきれいだということに拘る。もちろん、結婚相手に求める第一条件がそれだという人ばかりではないだろう。が、欲を言えば、顔や身体が良いと思っている男たちは多いだろう。それは当然のことかもしれない。
 女だって、たぶん、本音をいえば、男性の外見に拘りたいに違いないからだ。でも、輝は何も良い子ぶっているわけではなく、本当に夫や彼氏がイケメンであることを求めてはいなかった。もし条件があるとすれば、歓びや哀しみを分け合い、長い人生という道程を共に歩いていける人が良い。
 その人の隣が自分の居場所なのだ、しっくりくると自然に思えるような人に出逢いたかった。とはいえ、その男性も恐らくは綺麗な女性を好むだろうから、そういう意味で、自分にはやはりチャンスはめぐってこないのかもしれない。
―誰がこんなスカ女、彼女にしたりするかよ。
―君には無理だ。
 同じ歳の従兄と大学教授の放ったあのひとことが、ほぼ時を同じくして耳奥でリフレインする。
 輝は両手でほどいたままの長い髪をくしゃくしゃとかき回す。風呂上がりの洗いっ放しの髪はブローどころか、梳かしもしていない。鏡は見ていないが、恐らく失敗したポップコーンのように爆発しているに違いない。
 眼の前には、立ち上げたノートパソコンの液晶画面が迫っていた。何となくネットに繋いでみる。〝結婚 記念〟と入力して検索をかけると、忽ちにして検索結果がわらわらと出てきた。
 ふふっと、酷く自嘲的な笑いが洩れる。今の私にはきっといちばん縁のない言葉なのに。こんな自分は一生涯、結婚するチャンスもないだろう。
 ふいに純白のウェディングドレスを纏っている自分の姿が浮かんだ。これまで親友の披露宴に出たことは何度かあるが、正直、彼女たちがどんなドレスを着ていたのかまでは思い出せない。
 いや、飾り気なんて、何もない方がかえって良くはないだろうか。至ってシンプルで、トレーンも引いてはいない。女にしては長身すぎる167㎝、ついでにいえば胸も殆どない―いまだに成長期の少年のような体型には、どんなタイプのドレスが似合う? 
 やっぱり、ふんわりとして飾りがごてごてとついた方が、体型を無難に隠してくれるのかしら。輝の好みのようなシンプルなものは、かえって胸も女性らしい膨らみもおよそない貧弱な体型を強調するだけなのかもしれない。
 哀しいかな、この歳になっても、輝はまだウェディングドレスを着た自分というのをイメージできないのだった。そこで、今度は〝結婚 記念 ウェディングドレス〟を打ち込込み再検索をかける。
 すると、またすぐに色んな検索結果が出てきた。輝はふと、画面の右横に眼を止めた。
―一生の記念に残る最高のあなたを演出して、想い出に残しませんか? カップルでも、記念に自分の花嫁姿を残しておきたいシングルの方でもOK。ご予約、お問い合わせをお待ちしております。
 それは、検索ワードから選び出されて表示される広告であった。更に続きを見ていくと、〝写真館 メモワール〟と広告主が記載されている。
 もし、その時、募集するのがカップルだけというのであれば、輝は気にも留めなかったはずだ。だが、シングル女性でも一人で記念としてウェディングドレスで撮影できるというところに惹かれた。
 このまま老いていく前に、一度で良いから、ウェディングドレスを着てみたい。その一生に一度の姿を記念にとどめておきたい。そう思った輝の気持ちは女らしい、切ないものだった。
 輝は更に〝写真館メモワール〟で検索をかける。ネット検索によれば、メモワール写真館の住所は何とN駅前になっていた。
 何という偶然だろう。たまたま気になった写真館が―しかもネットで出てきた写真館がこんなに近くにあるなんて。
 もしかしたら、これも一つの縁―というのは大袈裟かもしれないが、チャンスなのかもしれない。この機会を逃せば、多分、ウェディングドレスを着ることなんて一生ないかもしれない。
「へえ、こんな近くにあるとは知らなかった。でも、そんな名前っていうか、写真館そのものがあの辺にあったかしら」
 輝は小首を傾げ、右手の小指でトントンとデスクを叩いた。考え事をするときの癖なのだ。
 輝はN町で生まれ育った。大学も自宅から隣町まで通った。だから、生まれ故郷であるN町のことなら大抵は知っているつもりだ。しかし、駅前の写真館は見たこともなければ話に聞いたこともなかった。
「まあ、最近できたばかりの写真館って可能性もあるわけだし」
 輝は呟き、とりあえず、メモワール写真館のホームページに飛び、〝お問い合わせ〟をクリックした。すぐに画面は写真館の予約フォームに切り替わる。
 一番下に、カメラマンのメールアドレスが記載されている。どうせ営業用のメルアドではあるだろうが、お急ぎの場合は、こちらにご連絡をどうぞと付け加えられていた。
 輝は試しにそのメルアドをクリックすると、更に画面が変わり、メールの送信欄が出てくる。

―初めまして。突然に失礼します。私、そちらの写真館の広告に興味を持った者ですが、独身女性でもウェディング撮影をして貰えるって、本当ですか? 詳しいことを知りたいので、お返事お待ちしています。
               本間輝

 何しろ初めての相手へのメールなので、失礼のないように読み返した。思い切って送信する。それから、今夜は既に十数度目になるだろう溜息をつき、首を振った。