フェル・アルム刻記
七.
せせらぎの宮には不思議な窓があった。宮殿円塔の最上階の窓は、宮殿内部からその場所に行くことが出来ないのだ。しかし、それを指摘する者は誰もいなかった。宮殿建築の際、間違って造られてしまい、それらの窓は装飾として残されることになった、というのが通説だからだ。
だが、そここそが“天球の宮”。デルネアとその下僕――隷《れい》達――のみ、立ち入ることが出来る場所なのだ。ここに来るには、人としての気配を消し去り、“術”で施された空間の封印を解かなければならない。
その中で。
ルイエとの謁見を終えたデルネアは椅子に腰掛けると、恭しく頭を下げる隷達を一瞥した。
「この世界を永遠のものとするためのすべが見つかった。北方には明らかに、我ですら驚くべき“力”が存在するのが分かった」
トゥールマキオの森からここアヴィザノへと、デルネアが帰還したのはつい先ほどである。彼は一つの決意を抱いていた。
「二つの大きな“力”。……我はその“力”を手に入れるために北方に向かう。それを手に入れた時こそ、我は神のごとき存在となり、フェル・アルムに永遠の安定を与えることが出来るのだ。隷どもよ。我はこれより、世界の表舞台に立つ。烈火の将として名乗りを上げたのはそのためである。お前達は我《われ》直属の部下として、我に付き従え」
デルネアが言うと、隷達はひれ伏し、恭順の姿勢を見せた。
「〈隷の長〉よ。神託を与える」
デルネアに呼ばれ、隷達の中から〈隷の長〉――またの名を司祭――が一歩前に出た。
「北方にニーヴルが結集しつつある。そのため烈火を総動員し、北方に向かわせろ、と。この旨、ルイエに言うがよい」
「承りました」と〈隷の長〉。
「しかし、ニーヴルの存在は確認が取れておりませぬが」
「ニーヴルなどは方便に過ぎん」
デルネアはほくそ笑んだ。
「……烈火を動かすためのな。そして、大きな“力”を所持する者がこの報を聞き、我のもとに現れるなら、ことは全てたやすくすむ」
「承知いたしました。では、スティンにニーヴルありき、との報を流布させます」
「今、疾風はどうなっているか?」と、デルネア。
「北方に全て展開させております。消息を絶った者はおりませぬ。一件、北回りのルシェン街道にいる疾風から報告が入っております。『果ての大地の空はとてつもなく、黒い』と。その者はやがてクロンの付近に至り、『土が腐ってきている。黒い空は、徐々に南下している』と申しております」
〈隷の長〉は淡々と答えた。
「いよいよ太古の“混沌”が、世界に現れたか。だが……」
デルネアはすくと立ち上がった。
「そのようなもの、消し去ってくれる! 我が新たな“力”を手に入れたあかつきにはな!」